番外編

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 タクシー内ではお互い無言だった。自然に窓の外に目を向けて先ほどのえまの笑顔を思い出す。 あれは完全に大人げない対応だった。俺だってそんなことはわかっている。でも我慢できなかった。  俺のマンションに到着するとえまが何か言いたそうに目配せする。 帽子を脱いでソファに深く腰かける。えまも隣に座る。いつ見ても彼女は背筋が真っ直ぐに伸びていて、それを見ると高校生時代のことを思い出す。 「バレたくなかった?っていうか、随分親しそうだったね、会社の人と」 「森さんは席が隣で、仕事も教えてもらっています。バレたくないということではないです。ただ、亜希君は誰もが知ってる人気俳優だし、人が多い場所で亜希君だとバレると色々大変だと思って。それに、森さんはこれからも仕事で関わるので、」 「俺がえまとの関係を世間に公表した意味わかってる?」 ダメだった。えまの一言一言は“見えない線”を俺の前に引かせているように感じた。  えまの肩に手をやりソファの上に押し倒していた。 目を丸くして固まるえまに俺ははき捨てるように続けた。 「コソコソしなくていいように発表したんだよ。それなのにえまは今もこうして俺に気を遣ってばかりじゃん。今日だって俺がいなければ同僚の男と一緒に選んだ服買ってたんじゃないの?」 上手くいかない。本当はもっと違う言い方をしたい。なのに、普段以上にお洒落をして綺麗になっているえまを見ると苛々してその感情をうまく整理できない。 きっと、俺が一般人ならえまに不自由な思いをさせることもないだろう。同僚の男がえまに微笑んでいるあの場面が何度も何度も脳内に浮かぶ。 「気なんて使ってないです!私は本当に何の不満もないです」 「俺が不満なんだよ」  ぴしゃりと言い放つ。身勝手な自分の言動をどうかしたい。 たまに思う。えまの隣にいるのは俺のような人間ではなく、一般男性の方がいいのではないか、と。 いや、きっとそうだろう。 でも、俺は…―。 「我儘なんだよ、俺は」 そう、我儘なのだ。
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