47人が本棚に入れています
本棚に追加
「おかえりなさいっ」
「なんだ、来てたのか?」
「はい。今日やる予定だった編集も終わったので」
「そうか」
玄関の扉を開けると、紺色のエプロン姿の遊が、爽やかな笑顔で俺を出迎えた。
「毎日自分の動画を上げるって、いまいち想像つかねぇけど」
「ぼくの場合、ゲーム実況なので、あんまり自分自分って感じじゃないですよ。趣味が仕事になってくれたから」
「ふーーん」
『ゲーム実況者』
何度目かの食事の際。やたらと時間を気にしてるみてぇに見えたから、声をかけたら打ち明けられた。
水色髪に納得がいったぐらいで、特にコレと言った感想のなかった俺は、
「なるほどな」
と、いつも通り応えたら遊が、
「もう少しくらい、興味持ってくれたって……」
なんて、いじけてたのを思い出す。
出会った日より、だいぶ小綺麗になった部屋の、ソファへ座る。
「んで。そのカッコってことはメシ作ってんのか?」
「はいっ!オムライスを!」
「オムライスねぇ……」
久しく言葉ですら口にしてない手作り感溢れるメニューに、ゆっくりと、咥えたタバコを外した。
「吸わないの……?」
台所から、布巾片手に、テーブルを拭くため戻って来た遊と、目が合って尋ねられる。
自分でも、吸うのを止めた理由に、吐き気がしないでもなかったが。
いつもと違くて心配とでも言いたげな瞳に、目線を下げた。
「どうして逸らすの?翔平さん。ぼくなんかした……?」
「いや、お前じゃねぇ。ってか別に。そういうんじゃなくてだな……」
タバコ片手に、ソファの上で胡座をかいて、しばしフリーズ。
自分では、気付いてる。
(いま、俺)
らしくもねぇ。思ったことを吐き捨てた。
「タバコ……いま吸わねぇ方が、遊のメシが旨いんじゃねぇかと、思ってな……」
泳いでる。俺の目は間違いなく。
それなのに。キラキラとガキみてぇに瞳を潤ませて、口を一瞬、噤んだ遊が、
「がんばって、美味しく作るねっ」
と頬を赤くして立ったのを見て、
「嗚呼……」
スカした顔して動揺した。
(なんでこう……あいつといると。思ったことねぇ考えみたいなモンが、ふと湧き上がるんだか)
【惚れたが負け】
それはクズにも有効だと。
水色のわたがしみたいな頭のやつが、真夏の夜に、俺へ教えた。
『クズと水色のわたがし』【完】
Next→→番外編と色々のおはなし
最初のコメントを投稿しよう!