8 負けた味

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「おかえりなさいっ」 「なんだ、来てたのか?」 「はい。今日やる予定だった編集も終わったので」 「そうか」  玄関の扉を開けると、紺色のエプロン姿の遊が、爽やかな笑顔で俺を出迎えた。 「毎日自分の動画を上げるって、いまいち想像つかねぇけど」 「ぼくの場合、ゲーム実況なので、あんまり自分自分って感じじゃないですよ。趣味が仕事になってくれたから」 「ふーーん」 『ゲーム実況者』  何度目かの食事の際。やたらと時間を気にしてるみてぇに見えたから、声をかけたら打ち明けられた。  水色髪に納得がいったぐらいで、特にコレと言った感想のなかった俺は、 「なるほどな」  と、いつも通り応えたら遊が、 「もう少しくらい、興味持ってくれたって……」  なんて、いじけてたのを思い出す。  出会った日より、だいぶ小綺麗になった部屋の、ソファへ座る。 「んで。そのカッコってことはメシ作ってんのか?」 「はいっ!オムライスを!」 「オムライスねぇ……」  久しく言葉ですら口にしてない手作り感(あふ)れるメニューに、ゆっくりと、咥えたタバコを外した。 「吸わないの……?」  台所から、布巾(ふきん)片手に、テーブルを拭くため戻って来た遊と、目が合って尋ねられる。  自分でも、吸うのを止めた理由に、吐き気がしないでもなかったが。  いつもと違くて心配とでも言いたげな瞳に、目線を下げた。 「どうして()らすの?翔平さん。ぼくなんかした……?」 「いや、お前じゃねぇ。ってか別に。そういうんじゃなくてだな……」  タバコ片手に、ソファの上で胡座をかいて、しばしフリーズ。  自分では、気付いてる。 (いま、俺)  らしくもねぇ。思ったことを吐き捨てた。 「タバコ……いま吸わねぇ方が、遊のメシが旨いんじゃねぇかと、思ってな……」  泳いでる。俺の目は間違いなく。  それなのに。キラキラとガキみてぇに瞳を潤ませて、口を一瞬、(つぐ)んだ遊が、 「がんばって、美味しく作るねっ」  と頬を赤くして立ったのを見て、 「嗚呼……」  スカした顔して動揺した。 (なんでこう……あいつといると。思ったことねぇ考えみたいなモンが、ふと湧き上がるんだか)  【惚れたが負け】  それはクズにも有効だと。  水色のわたがしみたいな頭のやつが、真夏の夜に、俺へ教えた。 『クズと水色のわたがし』【完】  Next→→番外編と色々のおはなし
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