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何もない。そう心から信じたかった俺は。
大してデカくないベッドから、色白で、意外と筋肉質なふくらはぎがはみ出しているのを。
見て見ぬふりをして、ちゃちゃっと支度だけして家を出た。
「で?そのままそのコを放置してきたのか?」
編集部の喫煙室で、同僚のゲイに、不機嫌の理由を説明した。
「……まぁ、そう」
「お前なぁ」
「同性愛者を否定しようとか、そんな気持ちは微塵もねぇけどさ。てめぇがなるのはちげぇだろ」
メビウスの六ミリソフトの空袋を握りしめる。
「だからって、放置すんのも違うとは思わなかったのか?」
黒縁眼鏡に諭される。
「じゃあ朝起きて、お前の横に女が寝てたら?お前ならどうすんだよ?」
馬鹿げてる。イイ歳こいた男二人が、朝十時前から恋バナなんて。
空袋をゴミ箱へ入れ、眉間に皺を寄せた飯島を見た。
「少なくとも。俺なら、相手の名前や身分を確認するよ」
正論だった。
(言われてみれば、マジでなんもしてねぇまま出たわ)
着替えに歯磨き、髪をテキトーにセットして、カフェイン中毒の俺がコーヒーの一杯すら飲まず。
(メシもデスクで食ったしな)
「なぁ、相楽」
「ん?」
お偉いさんとの打ち合わせがあるからと、ジャケットを羽織った飯島の真剣そうな顔が迫る。
「他人に興味がないのは知ってるけど。お前はもう少し、相手のことを気にかけた方がいい」
「ん゛~~。さすが飯島。俺の胸いま激痛だわ」
「嘘付け」
いい加減限界な灰が落ちたのを横目にドアを開ける。
「いや?半年振りに吸いたくなるくらいには痛ぇよ」
去り際に、
「吸う口実を探してただけだろ」
なんて、聞こえた気がしないでもなかった。
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