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「っ、酷いわ!私がそんなことをする訳ありませんわ、あなたに毒を盛ったのは」
「田宮清、と言うのでしょう」
「そ、そうですわ!」
はぁ、ハナさん、とタカシさんが溜め息を吐く。いつの間にか机の上には、手帳が置かれていた。紙面の上でペンをぐるぐると踊らせる。
「...毒を盛ったのが田宮勇だと言うならまだわかるんですけどね、何の前触れもなく、実の弟を自宅にあった出刃包丁で滅多刺し....。全く、余程の怨恨がないと、できない犯行ですよ。まぁ、兄弟だからこそ、恨み辛みがあるんでしょうけど」
ペンを弄ぶ手を止めないまま、どこか遠くを見つめる。
「昨日の今日だからということもあるやもしれないが、田宮勇は、未だ動機について口を割っちゃいない。それどころか、妙なことに寂しい爺さんのように見える始末だ。君も知っての通り、7年前もあの家のことを取材しに行った事があってね、あの時とえらい違いだよ。今ではただ裁きを待つのみの、善良で哀れな罪人にしか見えない。」
「そう、だから、狂人田宮勇の犯行ならまぁ、わからなくもないんですが、君は田宮清だと言うのでしょう?勇と比べて、生前奴に目立った悪行はない。寧ろ、酒浸りでもない、女遊びもしない、異常なくらい潔癖で品行方正なくらいですよ」
まぁ、今更何を言ったところで、死人に口なし、本当のところはわかりゃしませんけどね、
タカシさんはそう呟いて、手を止めた。ペンを置いて、蜜を山ほど注いだ冷めた紅茶を飲む。
飲み干す様を見ながら、私は何とも言えぬ喉越しの悪い心地がしていた。
悪行の限りを尽くして、最後は欲望を達して亡くなった田宮清が裁かれることは、もう無いのだ。しかし、それは彼の死という形を持って終わった。勇さんが、裁いたのか。でも、その勇さんはもうこの世界では、突然身内に手をかけた唯の狂人なのか。
「毒を盛ったのが誰であれ、ハナさん、あなたが妙に7年前の事件に詳しいのも、僕の不調を知っているのも、まだ納得がいきませんな。犯人じゃないにせよ、怪しい」
「何を言われようと、今お話したことが、私の知る全ての事ですわ」
全てのこと、
その言葉に、何故か妙な既視感を覚える。
どこで聞いた言葉なんだろう
思い起こそうとすると、キンと、鋭く、耳鳴りがした。
そっと、こめかみを抑える。タカシさんは尚も詰問を続けようとしていた。
これ以上説明しても、何も覚えていない彼には、意味をなさないかもしれない。
これが最後の質問、そう思い私は覚悟を決めた。
「だいたい君ね「古清水朱一さん」
「....っ!!!」
その名を口にした途端、彼の顔色がサッと変わる。
「君っ、一体、どこでその名前を、」
「朱一さんは..ご無事なんですか」
タカシさんの目を、真正面から見つめる。
「恐らく、清さんに刺されて、それから..」
そこまで言いかけハッと、口を抑える。
『どんな状態であれ、三郎君が生きているとわかったんだ、これほど嬉しいことはないよ。』
そうだ、田宮清は知らなかった。朱一さんが、三郎さんだと言うことも。彼が、生きていたことも。
なら、彼を襲ったのは一体....。
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