後日談、敬具

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永岡佐兵衛(ながおかさへえ)」 「え」 「朱一君を襲ったのは永岡佐兵衛、新吉原にある老舗旅館「永紅屋」の主人ですよ」 元主人、か、言い直し、タカシさんは続ける。 「しかし、これがおかしな話でしてね。」 「聞けば、そもそも「永紅屋」ってのは、どんな弱みを握られたんだか、田宮不動産、源一郎の代にほぼ、経営ごと乗っ取られてるようなもんでね。そのことが関係してるんだかいないんだか、7年前、田宮緋鶴の死体が上がった直後、理不尽にも勇が当時の主人である佐兵衛を追い出している。店が浅草にあることと、娘が浅草で亡くなったことはなんら関係がないだろうに。」 「先祖代々の店を追い出された佐兵衛は、それはそれは、恨みに思う訳ですよ、田宮不動産を。「永紅屋」自体はその横暴を隠す如くしれっと別の人間が継いでしまったわけだし。その佐兵衛が毎日呪いのように女房子供に口にしていたのが、勇の名前そして」 「.....朱一さんの、」 「あぁ、道理はわからないが、いかんせん佐兵衛は彼のことも強く恨んでいた。緋鶴の死体、ついで、離れたところで使用人と思しき死体が上がった時も、奴だけは何故か、こいつは朱一じゃないぞとのたまっていたようだよ。まぁ、その頃は誰から見てもあの男は錯乱していたから田宮家の連中然り誰も気にも留めなかったようだが。」 ハハ、哀れでしょう、朱一なんて人は田宮家にはいないからね、とタカシさんが意地悪そうに笑う。 「それから佐兵衛は、朱一という人物のことを血眼で探し回っていた。そして、ついに見つけたんだ」 「一体どうして、7年越しに本人に辿り着いたのか...執念なんですかね。夜道で対峙した時、佐兵衛は恐ろしいことにボロボロの羽織を纏って、幽鬼のような面で立っていたんだとか。本人が言うには、ですがね」 「本人が..って、じゃあ朱一さんは!」 「生きてるよ」 ああ、 恐ろしいけれど、待ち望んでいたその言葉に思わず、涙が溢れた。 泣き崩れる私をタカシさんがおろおろと、見つめ、朱鷺子さんのハンカチを差し出そうとしてきた。断り、鞄から自分のを取り出す。 「お嬢さん本当に、君は一体」 「いえ....どうか気になさらないで。あの人が生きているとわかって、本当に嬉しかっただけ」 「.....さっきの話は、本人から聞いたのと、佐兵衛の遺書を織り交ぜた話さ、朱一君を刺した後、そのままふらふらっと彷徨って吾妻橋から飛び降りたらしい」 気まずそうに目を逸らす。 「昔から、時々あるんだよ。あの橋は」 冷め切った紅茶をしばし眺めて、彼はコホン、と軽い咳払いをした。ペンを置いて、再び私を見つめる目は、あの刺々しいものではない。 「ハナさん」 「あと、1時間もしたら朱一君が僕を迎えにくる。彼に会って直接聞いてみてはどうかな?」 「.....。」
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