後日談、敬具

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断ってしまった。 意外にも引き止めてくださったタカシさんに、丁重に断りを入れて私は店を後にした。 あの人の無事が分かっただけでも、大いに収穫を得たし、何より私はもうあの人に関わらない方が良い気がした。 あの人を苦しめる過去と密接に関わってしまった私はもう、今を生きるあの人の妨げにしかならないだろうと。 いや、それより.... そう考えていると、足先につるりとした凹凸を感じた。 見上げる。 「....本当に、あった」 見あげた先には、目的地。数年前に潰れた商店のような見た目の建物があった。 蔦が絡まる壁にかけられた、黒字に白い文字で「伊江須堕泥」と書かれた錆びれた看板が目につく。 私は、ごくりと唾を飲み込んで、恐る恐る二階に続く階段を登った。 緊張しながら階段を上がると、あの時は焦っていて気づかなかったが、左手には学校でしか見ないような、大きな姿見があった。 鼻筋と口元に薄い黒子のある、顔をこわばらせた少女が写っている。 私は何か物足りない気がしつつ姿勢をしゃんと正すと、右手の磨りガラスの扉に手を掛けた。 一度押して、想定よりもそれがずっと重かったことを思い出し、もう一度さらに力を込めて扉を開いた。
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