後日談、敬具

10/13
前へ
/194ページ
次へ
『お久しぶりでございます。』 ぼんやりと灯りの灯る自室で、今日1日のことを思い返しながら、文字の羅列を追う。 『少々、混乱しているので、悪筆乱文お見苦しいと思いますが、お許しくださいませ。』 走り書き。 思い出した言葉、情景が、床に落ちて朽ちる前に、慎重に紙面に書き写された様を見る。 『この手紙は今、浅草の六区にある喫茶店で書きつけております。例の喫茶店、「伊江須堕泥」ではございません。あのようなところ、常人ではいてもたってもいられませんわ。』 この手紙は今日、浅草の六区で書いたものだ。 タカシさんを待っている時間、どうにも落ち着かなくて、会う前に記憶を整理するのも兼ね、アケイチさんへの返事という体で書いた。 「伊江須堕泥」...タカシさんと、別れた後、少々自分を疑った私は、あの喫茶店を目指した。煙のように跡も形も無くなっていた、なんてことがないように祈って。 辿り着いたそこは、確かに実在する美しい場所だった。 しかし、あそこへ一歩踏み入れた時の、船から降りた直後みたいな、不安定さ。全身に刻み込まれている。もう、私が行くことはないだろう。 『いえ、喫茶店は素敵な洒落たところでした。ただ、あそこにいた人間が問題なのです。』 『いいえ、あそこにいたのは人間だったのかしら。あれこそ浅草に棲まう鬼なんじゃなかったのかしら、』 .....。 浅草にもう、鬼はいないよ。 走る文字を、黒く塗り潰す。
/194ページ

最初のコメントを投稿しよう!

31人が本棚に入れています
本棚に追加