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『お久しぶりでございます。』
ぼんやりと灯りの灯る自室で、今日1日のことを思い返しながら、文字の羅列を追う。
『少々、混乱しているので、悪筆乱文お見苦しいと思いますが、お許しくださいませ。』
走り書き。
思い出した言葉、情景が、床に落ちて朽ちる前に、慎重に紙面に書き写された様を見る。
『この手紙は今、浅草の六区にある喫茶店で書きつけております。例の喫茶店、「伊江須堕泥」ではございません。あのようなところ、常人ではいてもたってもいられませんわ。』
この手紙は今日、浅草の六区で書いたものだ。
タカシさんを待っている時間、どうにも落ち着かなくて、会う前に記憶を整理するのも兼ね、アケイチさんへの返事という体で書いた。
「伊江須堕泥」...タカシさんと、別れた後、少々自分を疑った私は、あの喫茶店を目指した。煙のように跡も形も無くなっていた、なんてことがないように祈って。
辿り着いたそこは、確かに実在する美しい場所だった。
しかし、あそこへ一歩踏み入れた時の、船から降りた直後みたいな、不安定さ。全身に刻み込まれている。もう、私が行くことはないだろう。
『いえ、喫茶店は素敵な洒落たところでした。ただ、あそこにいた人間が問題なのです。』
『いいえ、あそこにいたのは人間だったのかしら。あれこそ浅草に棲まう鬼なんじゃなかったのかしら、』
.....。
浅草にもう、鬼はいないよ。
走る文字を、黒く塗り潰す。
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