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『朱一さん、今回のことで私は学びました。人間の記憶というのは、とても曖昧で、事実なんてものでさえ頼りなく、各々都合が良い意味づけの継ぎ接ぎでできているのだと。』
『不透明で、弱い、だからこそ、どうしようもない不都合に直面した時、それは怪異、あるいは神のような存在がそれを請け負うのかもしれない。』
『貴方のお母さんの話を聞いた時、そう思いました。』
『貴方のお母さん、朱鷺子さんは川へ飛び込んだ時、抱き止めたのが緋鶴さんだと分かって手を離した、と、鬼は流れていったと、語っていました。』
『私には、私のせいじゃない、と言いながら朱鷺子さん自身が1番己を追い詰めているように見えました。』
『でも、やっぱり、いくら考えても私は本当に彼女のせいではないと思いますの。』
『渡し舟の残骸、朱鷺子さんが朱一さんを助けた時に流れていたものです。ええ、そんなものが壊れ、流れてくるのだからあの日の川は彼女が語るより実際はもっと、危険だったはずなんです。』
『女の力では、人1人抱えるどころか、自ら上がるだけでも命懸けなはず..でも彼女はなりふり構わず、選択しなければならなかった。残骸が流れ、迫り来る中で、』
『そこで、我が子を選択するのは鬼、でしょうか。』
『私にはそうは思えません。正しい選択がどれかなんて、そんな状況になった事のない私には、本当の所はよくわからない。彼女が緋鶴さんに対して、疎ましく思う気持ちはあったのでしょう。でも、だからってそれは、殺したいなんて、ものじゃなかったはず、そんな後ろめたい思いが思わぬ形で、両面宿儺となって表れてしまった。』
『彼女の片面を持った怪異は切り離されました。触れたくない、曖昧なところを請け負うものがいなくなったのです。田宮清の言葉を借りて言うのならば、『正しく』歪められてしまった。』
『正しいものを、人間は受け入れられるのでしょうか。でも、きっとそれが正しいのかどうか疑う余地すらもう、貴方たちには残されていないのでしょう。』
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