追伸

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追伸

「どうした、ハナ!」 バンッと襖を開ける音。 血相を変えて、弟が飛び込んできた。 「なんでもないわ。虫が、入ってきたの。」 大きな声を上げてごめんね、自身の頬に手を当てる。弟が顔を顰める。 「どれ、虫?」 「あ、いいの、もう飛んで出ていったから」 ありがとね、部屋を見回す弟にそう返す。 「もう夏なんだ、ちゃんと窓、閉めておきなよ。虫ならまだしも変質者でも忍び込んだら洒落にならないだろ」 寝る時じゃなくて、今すぐに その言葉と共に、再び閉められる襖。 私はおやすみなさいと言って、それを見送った。足音が完全に遠ざかったのを見計らい、気を引き締める。 危機が去ったわけじゃない。 あと変質者は、いる。 「どこからでもかかってらっしゃい」 構えて、窓の方を見据える。 数秒の沈黙。蝙蝠のようにぶら下がったマントの男が、現れた。器用に学生帽を押さえながら、部屋の中に傾れ込む。その姿は、軟体動物みたいだ。 「威勢が、いいナァ。サッキは、大人しク従った癖に」 長い肢体をぐるんと曲げて立ち上がり、見下ろす。自室で見るとより一層、その背の高さに圧倒される。前より余計見下ろされてる感じに、ときめいて.... 「弱い犬ホど、よく吠エます、ネ」 しまいそうになるのを、暴言で正気に戻される。彼は先ほど、騒いだら首を折ってしまうかも、と耳打ちしてきた危険人物だ。危ない、危ない。 「あら、己の度量を知っているからこそ、貴方相手に無謀な挑み方はしなくてよ?」 何の構えもとらない、余裕そうに立つコウタロウさんを見つめる。隙だらけに見えるけれど、読めない。とはいえこの部屋の狭さ、流石に緋い花の部屋よりは広いが、いくら彼でも容易に技を繰り出せないはず。手を叩く瞬間をつくしかないか。 「いや、君は自分が思っテいるヨリだいぶ、無謀で、かツ、無礼ですよ」 「私が無礼?」 あら、酷い。そんなこと一度だって言われたことないのに、と思いつつも、思い当たる節がないか探る。...そういえば、以前膝枕させてしまったのは無礼だったかも。 「アあ、無礼千万。少ナくとも夫であリ命の恩人である者に対する態度では、ありませんカラ」 「ん、今、なんて....」 「君は、色ボケで、頭モ悪く、浮気性デ、無礼千万と」 「ああ違う違う!って、そこまで言われた覚えはありませんわ!」  なんか前にもこんなやり取りした気がする。 いや!それよりも! 「お、お、お、お、夫?」 彼の言った言葉を頭で反芻する。どうしよう、いや、どういうこと、言葉の意味は分かっても言葉の繋がりが全く、わからない。 「おっと、ですって??」 貴方が、私の?構えも忘れて、指を指す。 「ト、命ノ恩人」 「えええぇぇぇええ!」
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