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印刷は好きだ。お利口な機械が忙しく動くのを黙って見て、所々、必要なときに手を出して、印刷が済むのを待っている。その間は何も考えず、ひたすら機械の動きを見守る。余計なことを考えると、手を出すタイミングを見失い、仕事が滞るからだ。
両面刷りが済むと、今度はページ別にソーターに乗せ、二枚ずつ立て横に仕分けられた紙の山がどんどんたまっていくのを見守る。
印刷室から出て、紙の山を崩さないように両腕で抱え、再び県民スポーツ課に行き、近くの荷物置き用机の上に紙の束を一度下ろして壁に一列にかかったフックに鍵を掛け、貸出ノートに印刷終了時刻を書き、総務席に返した。
「おつかれさま」と、担当職員はこちらを見ずに小さい声で言った。
両腕にいっぱいの紙の山を県民文化課の自分の席まで持ってくると、引き出しからホチキスと替え芯をいくつか出し、2枚組400セットの書類をばちばち綴じ始めた。
終業時間まであと30分、というところでホチキス綴じを終え、向かいの席でパソコン画面を睨んでいる加藤さんに、終わりました、と声をかけると、加藤さんは、顔をこちらに向け、目は画面から外さないまま、ありがとうございますう、と小さくつぶやいてから書類の山だけ見て受け取ると、自分のデスクの端に置いてまた画面を見続けた。
加藤さんは30才。職員になって7年になる。希代子さんが履歴書を手にここへ初めて来たときの、面接官だった。
「私と同じ高校ですねえ」
加藤さんは目を見開いて履歴書と希代子さんを見比べた。
そうですか、と答えた希代子さんもまた、加藤さんのまねをして目を見開いた。
加藤さんは黒い髪を肩の下までたらし、つやつやした肌と、真っ赤に塗った唇が印象的だった。
胸の開いたカットソーと、膝上のぴっちりしたタイトスカートに、15センチはありそうなピンヒールを履いている。靴を脱いだら自分と同じくらいの身長だろうと希代子さんは思った。
希代子さんは学生時代と変わらないショートヘアに、白いシャツと黒のスーツで、太い5センチヒールのパンプスを履いて、四角い合皮の黒いバッグをイスの横に置いていた。加藤さんから、夜っぽく女っぽい香水が漂ってくる。
「雑用ですけど、大丈夫ですかあ」
「はい」
加藤さんはうなずくと、「職員の試験、お受けになればよかったのにい」と微笑んで立ちあがった。
希代子さんはその顔を見て、ここの採用がなんとなく決まったような気がした。
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