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「私はこの学校の最後の卒業生なんです」
人なつこい笑顔がそばかすの顔に浮かんだ。二つに分けて編んだ長い髪が可愛い。創立以来変わらなかった、昔ながらの黒いセーラー服によく似合う。
「うん、十年前の卒業生よ」
私は彼女に向かって笑みを返した。
「十年?!だったらこの人知ってる?」
彼女は驚いて、それからとても嬉しそうな顔をすると、胸に抱えていた本を私の方へ差し出した。
その本を見て私は驚いた。
微かに汚れて古くなった表紙に、私が卒業した年の数字が並んでいる。いや、それだけじゃない。この、とても見慣れた表紙は…。
「…知ってるよ、面白かったでしょ、高部順也の作品」
文芸部で私たちが最後に作った本だ。
「はい!高部さんの文章は別格でした!」
少女の頬が紅潮する。
格別か。
彼女の言葉を頭で反芻しながら、世代は変わっても、いいものはいいんだろうなと確信する。そうでなければ、何百年も前に書かれた文学が現代に残っていたりしないだろう。
だけど、たった十年前が、今はすごく昔に思える。
「文芸部だったの?」
私の言葉に彼女が頷く。
「でも書く才能はどうもなかったみたいで。ずっと編集の方を担当してたんです」
「そう」
私たちの代にも、編集やイラストを専門にしている部員がいたことを思い出す。
「私、この文芸誌を見て編集者の道に進もうって決めたんです」
目を輝かせるそばかすの少女に、頭上から陽が差している。木の影が落ちた私の側に、その光は当たっていない。
夢で、夢だけで未来が明るかった頃。
眩しかった頃。
十年前の自分の姿。順也と同じ大学に受かって、嬉しくて仕方なかったことを思い出した。
十年後、言い争いすら無くなった冷えた部屋で離婚届に判を押した。
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