探偵になった訳

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探偵になった訳

 俺達はその一年後に結婚することになった。 だから独身寮を出なくてはいけなくなった。 そのための新居選びが最優先仮題だった。 実は家族寮が空いてなかった。 真っ先に東京の業者に行った。 でも其処は目ン玉が飛び出すほど高額だった。 警察関係者は優遇されていると思った。 仕方なく、暫くは彼女が住んでいたアパートに転がり込むことにした。 本当は彼女が熊谷で暮らしたいと言い出したのだ。それはラジオの奥さんへの思いやりだった。妻は奥さんが気になって仕方なかったのだ。 俺達は此処を仮宿所にするつもりだった。 いずれは家族寮へ移るつもりだったからだ。 俺達は熊谷駅から都内に向かって通勤を始めた。  『さっき、誰か車に押し込められていたけど』 ある日のことだ。 玄関に入って来るなりお袋は言った。 『えっ!?』 『もしかしたら気のせいかも知れないけどね。きっとアンタが刑事だから色々と気になるのね』 『そんなもんかな?』 なぁんだと思いながら俺は苦笑していた。  『俺の女房を何処に隠した!?』 仕事に出掛けようとした時いきなりアイツが飛び込んできた。 『ラジオ!?』 『まだそんな名前で呼んでいるのか!! やっぱりアンタは警視庁の人間だ』 俺の思わず出た言葉にアイツは反応した。 『ラジオってのは、無銭飲食の隠語だってな? アンタは俺がやっていないって知ってるはずだよな?』 アイツは凄んでいた。 ヤバい、と思いつつも冷静に対処しようとしていた俺がいた。 俺は、周りの人にはアイツのことを未だにラジオだと言っていたのだ。 それはアイツにとって許せない言葉だったに違いない。 アイツは確かに元暴走族の頭だけのことはある。 あの時通報して来た店の主の気持ちが解った気がしていた。  『出てきたのか?』 俺は取り繕っていた。 ラジオだ呼ばわりしたことを反省したような振りをしながら……。 『あぁ、模範囚だったから仮出所だ』 やはりだと思った。本当は真面目な奴だと俺は知っていた。だから早目に出られたのだ。 だから何も出来なかったあの頃の俺に腹を立てていたのだ。 でもアイツはそんなことも知らずに、俺が裏切ったと思っていたのだ。 『奥さんが居なくなったのか?』 『だからさっきからそう言ってるんだ。知らばっくれやがって。俺の女房を何処にやった!?』 アイツは俺の胸ぐらを掴んだ。 その時、お袋の見たと言う車に押し込められていたのが奥さんではなかったのかと思った。 『確か車に押し込められたとか聞いたことはあるけど……』 『そのまま放っておいたのか?』 アイツの言葉にグーの音も出ない。 警視庁の刑事と婦人警官が傍で見守っていながら何も出来なかったのだ。 そもそも、其処まで気が回らなかったのだ。 まさかとは思った。 でもお袋の見間違いだろうと勝手に判断してしまったのだ。  県警に捜索願いを出すことをアイツに勧めた。 でもアイツは首を振った。 無実のアイツを刑務所に入れた警察を信じることなんか出来なかったのだ。 (当たり前だ。俺だって疑っているのだから、お前が疑問を感じるのは当然の行為だったな) そう思いつつも、何事もなく過ぎてくれることを祈っていた。 『心当たりを俺達も探してみるから……』 アイツが立ち去ろとした時に言ってみた。 それでアイツの気が少しでも紛れれば良いと思っていた。  でも事件はそれだけでは済まなかった。 俺がアパートのドアを開けた途端に異様な光景を目にしたのだ。 何時もは可愛いワンピースで出迎えてくれる若奥様が倒れていたのだ。 俺は慌てて其処へ駆け付けた。 でも妻は息絶えていた。  『アイツだ。アイツが殺ったんだ!!』 俺はアイツの顔を思い出しながら言った。 それでも、心の中では否定した。 アイツは婦人警官の彼女にラジオの濡れ衣を剥がしてもらった。 そんな恩人を殺せるはずがないのだ。 俺は慌てて110番に電話した。 でも、このような時は良く間違える。 手元が狂ったのか、相手側が出ない。 何度も何度もそんな間違いを繰返して、やっと繋がった。  警察官の身内の事件は関与してはならないのが決まりだ。 まして事件が起きたのは熊谷で、埼玉県警の管轄だったから尚更のことだった。 それなのに俺はアイツの足取りを東京で追った。 熊谷に顔を出したアイツだったけど、元々警視庁管内で暮らしていたはずだから……。 俺は煮え繰り返った腸を収めることが出来ずに苦しんでいた。 だから彼女の亡骸をお袋と姉貴に託して捜査に向かったのだ。 やってはいけないことだと思いながらも、俺はアイツの居所を突き止めて手錠を掛けてしまったのだった。 でもアイツにはアリバイがあった。 犯行時間に、熊谷から遠く離れた地で目撃されていたのだ。 (どうせ何かのトリックを使ったのだろう?) 俺はそう考えていた。 だからなのか? 俺は謹慎させれた。 本当は葬儀が終わるまで傍に居てやれとの意味合いだったのかも知れない。 でも俺は、そう受けとれなかったのだ。  何故あの時ラジオを逮捕したのか? あれがなければ妻が殺されることはなかった。 俺は仲間の悪口を呟きながら何時までもウジウジしていた。 (もしかしたら俺は仲間を信用していなかったのかも知れないな) この時初めて、警察官として生きる道に限りがあるような気がしていた。  俺は天職だと思っていた警察の仕事を辞め、アイツを追うために探偵になる勉強を始めた。そしてこのアパートの一室に事務所を構えた。 実は俺には霊感が強い甥がいる。 その甥が、妻を殺したのがラジオではないと言った。 クリスマスの夜、遭遇したラジオを妻が懐かしがっていたと言うのだ。 それは甥が妻のワンピースを着たから判明したことだった。 俺は面白いがって、甥に女装をさせていたのだ。 あの時は女装すれば男性だって仲間に加わることが出来る女子会だったのだ。 『あの時の不細工なオカマか?』 蟠りが消えた後で、ラジオはそう言いながら笑っていた。 それは鎮魂のために秩父巡礼をして泊まった夜のことだった。 妻を殺した犯人も捕まって今服役中だ。 だから線香を上げてくれに来たのだと思っていた。  「ところで、俺が住んでいたアパートを覚えているか?」 アイツは突然言った。 「あの、県境にあったアパートか?」 俺の言葉にアイツは頷いた。 「あの近くで通り魔事件があった。でも俺はあれが連続だと推理したんだ」 「連続って?」 「その一週間前の同じ金曜日に、埼玉でも通り魔があったろ? あれだ」 「東京からの110通報が埼玉県に掛かることもあるからか?」 「違うよ。2つの事件現場は橋を渡った向こうとこっちだってこと埼玉と東京で起こった事件だけどな」 アイツの言葉を聞いて、それは言えると思った。
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