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疑惑
あの後、石井は何も言って来なかった。
ラジオの勘を信じ警視庁に行った。其処でかって同期だった石井と出会した。タダでも遣ると言った以上金銭的な負担を石井に課すことは出来ない。
俺は当分の食いぶちとしてペット探偵として動くしかなかった。
とは言っても、石井から依頼された事件も中途半端で終わらせる訳にはいかなかった。
石井から電話があったのはそれから暫くしてからだった。亡くなった男性が所持していた俺の名刺が問題になっているというのだ。
「あっ、あの時渡した名刺か? それがどうしたっていうんだ?」
『事件に関わっている一人だと刑事課は見ているようだ』
「今、何て言った。俺が容疑者なのか?」
石井の言葉に動揺した。
「お前の依頼で俺が調べていると言ったのか?」
言ってはならないことだと解っている。それだけ俺はビビっていた。俺は石井に責任転嫁したにすぎない。
不意にラジオの顔が浮かんだのだ。冤罪被害者になった事件も……。石井はラジオを逮捕した一人だったのだ。
その事実が重くのし掛かっていた。俺は声を掛けてはいけない人を頼ってしまったのかも知れない。
『そんなの言える訳がないだろ?』
石井は冷たかった。もしかしたら本気で俺が犯人ではないかと思っているのではないのだろうか。あの捜査班なら遣りかねると思った。
ラジオが受けた、屈辱的な尋問の全てを俺は知らない。だけど俺達の仲を引き裂いたのがそれだと思っていた。
ペットレスキューの依頼は事件現場に比較的近かった。
俺は飼い主から写真や何時も食べていたペットフード、移動用の篭型ハウスなどを預かり早速半径百メートル圏内に移動した。
一番先に見るのは車の下だ。雨風が防げたり、温かったりするから逃げ込む猫が多いのだ。
駐車場の水溜まりを避け、膝を付くと車体の下が見える。
其処には猫は居なかった。でもイヤな臭いがした。
きっと猫の排出物だろう。それは俺のすぐ下から臭ってきた。
それを見ると俺の顔が映った。その途端に情けなくなった。
(何でこんな思いをしなけりゃいけない)
俺は半分ヤケになって、ペット捕獲用の網に手を伸ばした。
その排出物が依頼された猫の物かは判らない。でもその近くにトラップを仕掛ければきっと捕まえられると思ったのだ。
俺は自暴自棄になっていた。
ペット用の捕獲器は色々ある。アライグマなどを捕まえる檻、上から網が覆い被さるL字型。でもそれらの物はペットが暴れるらしいので、俺は比較的落ち着くネット式の入れ物を自前で用意している。
それは以外と安価だった。捕まえられるなら何でも良いと思い始めていた。
それらを仕掛けて様子をみることにする。勿論管理する人の許可を得てからだ。猫が暴れて身体が傷付きでもしたら苦情が来る。だから大切に捕獲しなければいけないのだ。
猫は元々、狩で餌を得る動物だ。ライオンや虎のように身を隠し相手を観察することが得意だときいている。だからきっと傍にいると思っていた。もしかしたら俺の無様な姿を笑って見ているのではないだろうか?
暫く屈んで車と広場の隙間を眺めているとその先に数人の足元が見え隠れしていた。
俺は何事もなかったように立ち上がり、そっと近付いてみることにした。
俺は探偵で、人の話しを盗み聞きするの得意だった。
聞き耳を立てると主婦達の井戸端会議だと判明した。俺は何時もの癖で録音機のスイッチを押していた。
『あの事件のこと聞いた?』
それは俺が一番求めていた話題だった。
『あぁ、通り魔による殺人事件?』
『何だか嫌な事件が連続しているわね』
『もしかしたら犯人は一緒だったりして……』
『えっ、あれって連続通り魔事件なの?』
『聞いた話しによると、埼玉で最初に怪我をした高校生はナイフで、二度目は自転車に乗った犯人に体を蹴られたらしいわね。その自転車はあっちで奪われた物みたいよ』
『へぇーそうなんだ』
『一度目が埼玉で、二度が東京。次が埼玉……』
『それがこの前の殺人事件に繋がったの?』
奥様方の話しはラジオの勘を証明していた。
俺は暫く其処から動けなかったけど、その後に依頼された迷子の猫を発見することが出来た。
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