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それから何とか遅刻せずに間に合った学校で、わたしは呼吸を整える。病み上がりで本調子じゃないところでの猛ダッシュはさすがに疲れた。
何とか辿り着いた新しい教室の前で、またしても足に何か絡み付いてくるような気がしたけれど、もう不安の種は希望の花に変わったのだ。
深呼吸して、緊張しながら開けた扉の向こう側。入ってすぐの席に、一番仲良しなお友達が居た。わたしを見て、彼女は笑顔を向けてくれる。
「あっ、瑠花ちゃん! おはよう……もう治ったの? 心配してたんだよ!」
「おはよう……うん、心配かけてごめんね。ありがとう」
「今年も同じクラスだよ、よろしくね!」
「うん……!」
仲良しの子と離れずに済んで、席の近い新しいクラスメイトも、優しく五日間の出来事や授業内容を教えてくれた。
あれだけぐるぐると想像していた不安な世界はそこにはなくて、お兄さんが言っていたように、今日のわたしはいつになく良い笑顔だった気がする。
この世の終わりのような心構えで臨んだ一日はあっという間に終わり、放課後を迎える。
わたしはお兄さんにまたお礼を言いたくて、帰りにまた公園の前を通った。
「……」
けれど既に、お花屋さんの車はなくなっていた。
仄かに感じる花の残り香を吸い込んで、私は軽い足取りで家に帰る。靴はもう煌めいてはいなかったけれど、虹は消えても心に残るものだ。
「……本当にありがとう、お兄さん」
ぽつりと呟いた声は春風の中に消えていって、お兄さんに届くことはなかった。
*******
それからわたしは、不安になったり心配ごとがある度に、雨の後に架かる虹を、雨を経て咲く花を想像して、前向きに明るくなっていった。
むしろ『雨よ降れ』なんて思ってしまうくらいには、心が強くなったつもりだ。
もう不安の種を芽吹かせることもないだろう。
そして大人になった今でも、柔らかな花の香りを嗅ぐ度に、あの日のことを思い出す。
きっとあのお日様よりも優しくて温かな『こころのお花屋さん』は、今もどこかで、誰かの不安や悩みの種から、素敵な七色の『希望の花』を咲かせているのだと思う。
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