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噂 A
男は売れない画家だった。売れないなりに好きな絵を描いて過ごしていた。
ある時、一枚の絵を描いた。暗闇の中、極彩色の羽を生やした赤い魚達が悠々と泳いでいる絵だ。ぽっかりと空いた黒い瞳。透けるように繊細な羽。完成した絵を男はうっとりと眺めた。
それからひとつの企画展にその絵を持ち込んだ。企画展はつつがなく終了し、絵もいくつかの評価を頂いた後に男の元へと返ってきた。売れないのはいつものことである。男は特に気にとめていなかった。
暫くして、その絵は思わぬ形で脚光を浴びるようになった。誰が言い出したのか、「見ると死ぬ絵」としてインターネットでまことしやかに囁かれるようになったのだ。
曰く、絵に取りつかれた女が自殺した。
曰く、展示した画廊に不幸があった。
それらは根も葉もない話ではあったが、それ故に妙な説得力と信憑性をもって拡散され続けた。
何がどうなってそうなったのか、奇妙な話もあったものだと、男ははじめ興味を持って噂を眺めていた。しかし次第に噂は小さなしこりとなった。自分の描いた絵が人を不幸にする。その影は男に暗く付き纏った。無名の画家だった彼は「見ると死ぬ絵を描く画家」「見る者に不幸をもたらす画家」として世間に認知されつつあった。相変わらず絵は売れない。「不幸を呼ぶ絵」をわざわざ買い付ける客などいなかった。ただ悪名だけが広まっていく。男はついに精神を病んだ。薬を服用しながらも絵を描くことはやめられなかった。しかし遂にぷっつりと糸が切れた彼は、部屋で自らの作品に埋もれるようにして命を絶った。絶筆となった絵はまたどこから話が漏れたのか、インターネットに画像が出回り不吉な絵として拡散された。
男の死後、彼の作品には熱狂的な一部のファンと生前には想像し得なかった付加価値がついた。
皮肉な話である。
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