case5 真白

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case5 真白

 ときどき、へんなゆめを見ることがある。  ゆめの中のおれは、〝学園〟というところに通っていて、そこで一日のほとんどをすごす。そーいちろうや、とーたや、みんとも出てくる。でも、いつものみんなとは、ぜんぜんちがう。  そーいちろうはもっとげんきでおしゃべりだし、とーたももっとふんいきがおとなっぽい。みんとはもっとやさしいし、おれやみんなともなかよしだ。  ゆめの中のおれは、〝ヒーロー〟にあこがれている。ヒーローっていうのは、わるいやつをたおす強いやつ。かっこよくて、やさしい。よくわかんねーけど、きっとひのおせんせーや、おーきせんせーみたいな人のことをいうんだと思う。おれのくらすはこにわは、わるいやつなんていないから、ヒーローもやってこないけど、二人とも、強くて、かっこよくて、やさしいから、きっとそう。  ……もしかして、ひのおせんせーや、おーきせんせーがヒーローだから、わるいやつがいないのかな?  ゆめの中には、せんせーたちは出てこない。  もし出てきたら、せんせーたちも、せいかくがぜんぜんちがうんだろうか。  だったらおれは、ゆめの中より、せんせーたちがいる今のほうがいいな。  カーテンからこぼれる朝の光で目がさめる。思いっきりのびをして、ベッドからぬけだす。  カーテンのむこうは、ぴかぴかの青空。 「よーし!」  今日も、おれの一日がはじまる。    *   「みんとー!サッカーしよーぜー!」 「君が公正世界仮説について、ざっくりでいいから説明出来たら遊んであげる。あと、うるさい」 「えー」  みんとの話はいつもむずかしい。わざとむずかしいことばを使うのかもしれない。すごく頭がよくて、へやには本がいっぱいあるけど、いじわるで、らんぼうで、よくせんせーたちにおこられている。 「みんとはいっつもむずかしいことばっかりいうよなー」 「真白(ましろ)が馬鹿なだけだろ」 「ばかじゃねーもん。いーよ、おーきせんせーとあそぶから」  みんとのへやのドアを、わざとばたんとしめる。  ろうかを走りながら、おれはかなしいような、くやしいような気持ちで、むねがちくちくした。  ほんとーは、もっとなかよくしたいのにな。    *    青空の下で、おーきせんせーとボールをける。  おれが口をとがらせてみんとの話をすると、せんせーはあはは、と笑った。 「眠兎(みんと)くんは相変わらず手厳しいなー」 「うー。笑いごとじゃねーし」 「ごめんごめん。ほら、男の子って女の子に意地悪したくなる生き物だから。きっと眠兎くんもそうなんだよ」 「……せんせー。まじめに考えてねーだろ」  せんせーはごまかすように、またあはは、と笑った。まったく。おれは強めにボールをける。おっと、と言いながら、せんせーが受けとめる。 「しかし、公正世界仮説なんて、眠兎くんは随分と難しい言葉を知ってるんだね」 「それ。その、こーせーせか……ナントカってやつ、せんせーは知ってる?」  せんせーがけったボールを受けとめてから聞くと、せんせーはあごに手を当ててだまりこんだ。それから、「んー」とか「あー」とか言った後に、「こういうのは、所長の方が詳しいんだけどね」と前置きして、せつめいしてくれた。 「公正世界仮説、っていうのはね。ものすごくざっくり言うと、〝いいことをすればいいことが返ってきて、悪いことをすれば悪いことが返ってくる世界が、この世界なんですよ〟っていう考え方のこと……かな。僕もちょっと説明に自信が無い」 「……えーとー……、つまり、当たり前のことにむずかしい名前をつけただけ?」 「そうだなぁ。あくまでひとつの考え方だからね。真白ちゃんにとって、この考え方がしっくりくるなら、真白ちゃんは公正世界仮説を考えた人と、考え方が近いのかもしれないね」 「ふーん……」  おれはなるほどなぁと思いながら、せんせーのせつめいを聞く。 「じゃあさ、当たり前じゃないやつもいるってこと?」 「世の中には、多分ね」 「そうなんだ。あ、でもせんせー」 「何?」 「おれ思ったんだけどさー、その、〝いいこと〟とか、〝悪いこと〟って、だれがきめてるんだろーな?ちゃんときまってなかったら、いいことにはいいことがちゃんと返ってこないだろ?そしたらおかしくなっちゃうもんな」 「…………」  せんせーは、だまったまま、まっすぐおれを見た。それから少しだけうつむいて目を細めた。目から下は、真っ白いマスクにかくれて、どんなことを考えているのかよく分からない。 「……せんせー?」  おれ、なんか変なこと聞いちゃったのかな?  その時、げんかんの方から、「先生!」と声がした。そーいちろうがこっちに向かって手をふっている。となりにはとーたもいた。 「はーい。今行きまーす。真白ちゃん、途中なのにごめんね。蒼一郎(そういちろう)くんの点滴を見に行かないと」 「いーぜ。またあそぼーな」 「真白ちゃんも一緒に来る?」 「ううん。いい天気だから、もーちょっと外にいる」  せんせーの目元がにこっと笑って、おれの頭をなでてくれる。せんせーの大きな手でなでられると、なんだかちょっとくすぐったい。 「……ねえ、真白ちゃん。眠兎くんと仲良くなりたいなら、ずっとそう願っていたら、きっと叶うよ。気休めじゃなくてね」 「ありがと、せんせー」  手をふって、せんせーを見送る。    やっぱり、おーきせんせーはやさしい。  強くて、かっこよくて、やさしくて。  ヒーローみたいだ。  *    あそびあいてがいなくなってしまったので、おれはたんけんごっこをすることにする。  ゆめの中に出てくる〝学園〟は、ここよりずっと広かった気がするけど、おれにとってはこのはこにわもとても広い。青空の下を歩いていると、ときどきねこが歩いていたり、ちょうちょが飛んでいたり、たてものの中にはない発見がある。  さいきん見つけたのは、おれたちが生活している場所のとなりくらいにある、バラがいっぱいさいている場所。つたがからみあって、その場所だけを、ぐるりとかこんでいる。つたじゃないバラもたくさんさいていた。もしかしたら、バラじゃない花も、さいているかもしれない。  もうひとつ、見つけたものがある。  バラがさいている場所にときどきいる、きらきらしたかみのけの、男の子。見かけるときはいつもひのおせんせーがいっしょにいて、二人でなにかを話しているから、話しかけたことはないけど。  今日は、いるかな?
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