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開花
ガララララ、バン!!
リビングルームのドアを開ける。両親の視線の先には、腕や太腿に水滴が伝っているのを物ともせず、パジャマに着替えたオレが居たに違いない。オレは唖然とする両親を余所にキッチンに向かい、コップ一杯分の水を汲む。そしてリビングに戻り、人差し指をコップに向け叫ぶ!
「“練習用水魔法”!」
ぽちゃん。水が真上に飛び、軽快な音が部屋中を包み込む。オレは目を輝かせながら、両親に飛びつく。
「なあ……オレ、やったよ! 遂に魔法を取得したんだ!」
オレがそう言った途端、目を丸くしていた両親は冷静を装って目を逸らす。
「たったそれだけ?」
「そうだぞ、その魔法が日常のどこで役に立つんだ? 上級魔法はまだなのか」
……オレは言葉を失うと、自分の部屋に移動して、そのままベッドへ横たわる。脳裏にはお風呂での水飛沫が焼き付いていた。
努力して咲かせた雑草は、他人からすれば所詮雑草でしかないのか。
✽✽✽
翌日。フロントにあるソファーに腰掛け、昨夜と同様に深呼吸をする。隣には誰も居ない。窓から差し込む朝日の光が、オレをスポットライトのように照らす。
何となくドリンクを飲む振りをしていると、誰かがこちらに歩いてきた。その人物はリベルス教授だった。
「トペラ・ユーギナ!」
「あ、教授! オレ、練習用水魔法を習得したんですよ!」
「そんなことより。ユーギナ、“雨雲”の唱え方は分かるよな? 試しに外で実践してくれないか」
そんなこと? 失礼な。オレは渋々外に出て、“雨雲”を唱えるときのように指を動かす。勿論雨雲は現れない。けれど教授はオレの肩に手を置いた。その教授の行動はお婆ちゃんを彷彿とさせた。
「絶対そうだ。ユーギナ、君は指の振り方や魔法を唱えるときの声量が水魔法の型より誇張されている。それを活かせば、大きな動きがポイントとなる火炎魔法なら……!今度は“不死ノ炎”を唱えてくれ」
“不死ノ炎”!? この魔法は上級者の中でも、一握りの人が辛うじて成功するようなレベルだ。それを初心者のオレが? オレは眉をひそめなが空に無限大のマークを描き、「“不死ノ炎”」と唱えた。
最初に聞こえたのは周囲の人々の悲鳴。それから数秒後、はっとした瞬間に視界に捉えたのは、シンボルツリーや大学の高さを遥かに上回って燃え上がる、火柱だった。
「……ユーギナ、凄いぞ。これは歴代火炎魔法使いの中でもトップクラスだ! 突然ではあるが明日、大学研究棟に来てくれないか! お願いだ!」
呆然と立ち尽くすオレに襲ってきたのは、驚愕と世界一の幸福だったと思う。この魔法で誰かの助けになれるなら。
お目当ての花が咲かずとも、一粒の雫によって埋もれていた種が芽吹くこともあるのかもしれない。
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