03 天竜

1/1
前へ
/10ページ
次へ

03 天竜

 レイナードは恥辱(ちじょく)排尿(はいにょう)を済ませ、汚れた顔を袖で拭いてから、再び地竜の背に乗った。  ディアナは気分良く鼻歌を歌う。レイナードはもう何も言わず、黙って前方を見つめる。  地竜はゆっくりと歩く。背に乗れば、一歩ごとに大きく揺れ動くが、下を見ていた時よりはマシだった。しかし、緊張感で吐き気は耐えない。 ディアナ「見ろ、もうじき天竜の滝だ」  川沿いに作られた竜の道。その先には切り立つ崖が遠くに立ちはだかる。成人のパレードを前にしたレイナードは、この地に初めて踏み込む。荘厳な自然の景色に息を呑む。 レイナード「…天竜は、本当にいるのか?」 ディアナ「なに? まだビビってるの?」 レイナード「ビビってないと言ってるだろ」 ディアナ「こんなとこにいるわけないって」 レイナード「俺をたぶらかすな。       何度かここに来てるはずだ」 ディアナ「ひとの言葉を操り、      竜を殺す力を持つ。      そんな伝承なんて作り話だ。      それじゃああなたたちの国なんて、      あっと言う間に滅んでる。      竜を(まつ)る民たちが、      (いまし)めに作ったんだろ?      竜に悪さしちゃダメだ、      って具合に」  人も踏み込めない巨大な崖から、流れ落ちる天竜の滝。瀑布(ばくふ)が作る一本の巨大な線が、生命のようにも見え、人々は畏敬(いけい)の念でそう呼んだに過ぎない。 レイナード「不信心者め」 ディアナ「あのな。私はここらで      生まれ育ったからわかるんだよ」 レイナード「こんなところで?」  植物さえも()てつくような環境で、にわかに信じがたいことを言った。  真冬であれば、このあたりで一夜を明かすこともままならない厳しい環境。 ディアナ「それじゃあ      竜に育てられたなんて      言ったところで信じないだろ」 レイナード「こいつに?」 ディアナ「スピナーは私のきょうだい。      ほかにも居たけど覚えてない」 レイナード「信じられるか…」 ディアナ「言っただろ。      信じなくていい。      竜と民にかしずくのが      あんたら王族の役目だ」 レイナード「くっ…逆じゃないか」 ディアナ「あんたは成人し、これから      数十万の民と竜たちの      命を預かるんだ。      天竜なんてもんは      気休めに過ぎない。      まあ、自分の治める土地を      見限るんであれば別だけどな」 レイナード「好き勝手言ってくれる…」  天竜はただの巨大な滝でしかない。見上げた滝にレイナードは白い息を吐いたが、伝承どおりの竜など存在せず、肩透かしを食う。 ディアナ「ふひひっ。      おかげで気休めにはなっただろ」 レイナード「自分の小ささが身にしみる」 ディアナ「愚息(ぐそく)の話か?」 レイナード「違う! 断じて違う!」  ディアナはレイナードを背から降ろし、竜屋を出る前に積んだ荷物を降ろす。 ディアナ「さぁ、ごはん食べたら      さっさと帰るぞ。      レイナード」
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加