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 優花が会場に現れると、葵のもくろみ通り彼女に意識が集中する。警察も警備も、レセプションパーティーに招待された客も、彼女が神部優花だということは、良く知っていた。  なんせ彼女は、生きた証人で『種子症候群』の患者、世間から注目されている。  彼女を、葵がひと思いに殺さなかったのは、簡単に終わらせるつもりもなく、主犯の凜花を苦しめる目的だった。そして、厳重な警備の中で、優花を囮にすれば、葵は主犯格の凜花に近づくことができる。 「お、お父様っ……! うそ、うそよ、お父様ぁ!」 「凜花様、ここは危険です。避難して下さい」  明彦に、優花の花の蔓が襲いかかると銃声と共に、辺りに鮮血が飛び散る。双子の妹が撃たれ、父の腹から飛び出した肉と血しぶき。  凜花は、半狂乱になって悲鳴をあげた。  彼女にとって、神部グループのトップに立つ明彦は、子供の頃に死んだ母よりも、この世で一番、尊敬できる実父だ。彼の血を受け継いだことを、子供の頃から誇りに思っていた。  凜花にとって『神部』という組織は、崇高で神聖。この家を繁栄させることこそが、自分の使命だと疑わなかった。最終的には父親に認められ、財界に立つことが生きている証。  それを、化け物と化した双子の愚昧が敬愛する父を殺害したのだから、いつもの冷静さを失ってしまう。  誰かに肩を抱かれると、なんの疑いもなく、そのまま相手もせずに、フラフラと支えられるように、凜花は歩いた。 「なんてこと……。どうしてお父様が……あぁ、優花のばか、どこまであの子は愚かなの。うっうう。お父様を殺すなんて」 「……さぁ、こちらに」  警官と警備員、そして混乱する場内を横切って、凜花とボーイは控室に向かう。非常口はごった返しているし、出入り口には、撃たれた優花の遺体がある。  どうして、影で控えていたシークレットサービスが、身を挺して自分のもとに駆けつけないかも、凜花は判断ができなかった。促されるままに、控室の中に二人で入っていく。  そして、ソファーに座り込むと、凜花は頭を抱える。『神部』の家はどうなるのだろう。こんなスキャンダルが起これば、企業イメージと信用が、地の底に落ちてしまう。 「凜花様、コーヒーはいかがですか。少し気持ちを落ち着かせて下さい」 「そうね……ありがとう」  後ろから差し出されたコーヒーカップを手にすると、凜花はそれを一口飲む。  いつも飲んでいるコーヒーとは微妙に異なるが、どこかのカフェのバリスタが、淹れたように美味しい。  ふと、凜花は顔をあげて背後に控えていた男を見ると、そこには高階葵が冷たい表情で立っていた。  思わず凜花は、目を見開きコーヒーを落とすと、ソファーから転がり落ちるようにして後退する。 「あ、あなた……、り、凛の……!」 「やっと逢えたな、神部凜花。お前にもようやく、誰かを失う『痛み』が理解できたか?」 「ふ、ふざけないでよ……! 凛が、凛が退学していれば、こんなことにならなかったのに。それにあの計画は、優花が立てたものよ。私の指示じゃない。殺すつもりなんてなかったわ。襲いかかってきたんだから、正当防衛よ!」  凜花は攻撃的に怒鳴った。確かに、凛に乱暴するように男たちに指示したのは、神部優花だったが、彼らから動画を回収してネット上でばら撒いたのは、紛れもなく凜花だ。  そして、なんの罪もない凛を、正当防衛ではなく、口封じのために殺害した主犯格も、彼女。後退していく凜花は、立ち上がり葵を真っ青になりながら、威嚇するように睨みつける。 「なぜだ? お前たちに逆らっただけで、なぜ凛は、殺されなければならなかったんだ。あれだけ尊厳を踏みにじられて、なぜ多くの人間に、笑いものにされなければならなかった?」 「この! 神部凜花の邪魔をしたのよ!あのクラスでは、私が支配者なの。凛のような異分子が紛れ込んだら、みんな従わなくなる。私と同じように頭が良くて、綺麗な子は目障り。それに、凛は偽善者だったもの」 「ゴミクズが」  葵は吐き捨てるように言う。  まるで子供じみた理由で、凜花は凛をいじめて、退学させようと考えていた。彼女は仕打ちに負けず、賢明に生きようとする姿に嫉妬していたのかもしれない。  嗜虐心がエスカレートし、自分の思いどおりにならなかった凛が、暴行を指示しネットにアップロードしたのを、訴えると口にした瞬間、それが殺意に代わった。  凜花は外に助けを呼びながら、控室の扉に体当りする。
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