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荒廃した心
「やった。有村室長! 成功ですよ」
IT技術者の声に、有村は安堵の息を漏らした。
窓を隔てた大きな広間には、数千人に及ぶゲームの没入者が横たわっていた。ダイブした子供たちは、やっと現実に引き戻されたのだ。怪訝な顔をして、きょろきょろと辺りをうかがっている。
ウォーターコール作戦。無事に完遂した。
ビギニングファンタジーの防壁は強力だった。物理的破壊では、数人の命を救えるかもしれないが、他の全員の呼吸を止められる可能性があった。
DDos(データ要求送り付け)攻撃はサーバーの回路が複雑で実施しても効果がない。
医師かつエンジニアの有村は最後の手段をとった。ビギニングファンタジー内には水が少ない。最終手段は、水の演算が大量のデータ処理を必要とし、ゲーム世界に水が増えればシステムに過剰負荷がかかりダウンしてしまうだろうという仮定から考え出された。
ゲームそのものがダウンしなくても良い。ただ、延髄の特殊パルスシステムさえダウンできればヘルメットを引き抜き、子供たちを救える。
有村たちのチームは、ゲームのイベントとして起こる降水を、100倍に増加させる改変プログラムをゲームシステム内に組み込んだ。ウォーターコール作戦。読み通りにゲームは過剰負荷により停止した。
「ケイスケ、どこ?」
少女の甲高い声が響いた。
有村は病室を見る。
がりがりに痩せた少女だ。中心静脈栄養の管につながれ、尿道にはカテーテルが挿入されている。手足は毎日理学療法士がマッサージしているとはいえ、棒切れのようだ。
「ユミ、ここだよ」
少年のかすれた声が響く。半年以上飲食していないのだ、声帯が乾いているのだろう。少年の姿もユミと呼ばれた少女と大差なかった。
「何で起こしたんだよう。俺は余命3か月だったんだ。せめて好きな事をして死にたかったのに」
「負け組の現実なんて嫌だ。ゲームじゃオレは上位1%にいたんだ」
怨嗟の叫びと号泣する声が響く。
当然の結末だな、と有村は思った。ケイスケと呼ばれた少年と、ユミと呼ばれた少女は大丈夫だろう。友情の絆ができていたようだから。
問題は、ゲームにしか生きる意義を見つけられなかった子供たち。現実を突きつけるのは酷かもしれない。しかし老人の域にある有村は、彼らの目を覚ますことは大人の義務だと考えていた。人間、しっかり生きて、老いて死ぬことが責務だ。
有村は子供たちを眺める。
この子たちの心は、荒廃してすさんでいるだろう。
これから、現実に足をつけて歩いていって欲しい。
荒涼とした子供たちの心に、慈雨よ降れ、と祈った。
完
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