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どこかで見聞きした設定だって?
僕もそう思う。きっと開発者はオリジナリティ足りなく、既存の作品をパクったのだろう。
「いつまで寝ぼけているの? 今日は夜の館の魔王を討伐する日でしょう?」
ユミが僕の肩をゆすった。はっ、と目が覚める。
「そうだね。行こう。少なくとも水を確保しないと」
ビギニングファンタジー世界の最大の問題は、深刻な水不足だ。小川が流れているため、普段はそんなに困ることでは無いが、冒険をするにはとにかく水が足りない。
この世界に海はない。嵐はおろか、小雨すら降らない。
今や古参のプレイヤーは魔王討伐を諦め、水源を確保し、水利権にありつこうと必死だ。水の売買で多額の金を入手し、町の高級店で遊びと暴食にふけっている。
何しろ魔王を倒してもゲームが終わらない。新たな魔王が誕生するだけだ。だから何がゲームクリアの『一定の条件』なのかは解明されていない。東西の魔女が意味深な予言をしているだけだ。なので古参は身の安全を確保し、町で遊び回る。最適な生存戦略と言える。
熟達の古参プレイヤーが死ななくなり、新規プレイヤーは増え続ける。結果、水不足が加速する。
僕とユミはそんな状況を憂いて、小さな池を支配下におく魔王を退治して回っている。
日が昇り、正午を迎える。
僕とユミは夜の館へ向かった。夜は相手の領域だ。奇襲は卑怯かもしれないが、しくじれば死ぬのだ。なるべく安全にクエストを終わらせたい。
館は真っ黒なレンガで囲われ、緑の頑丈そうな蔦で覆われていた。
「水の槍よ、来い!」
ユミが魔法の杖を高々と掲げ、空気中の水分を凝縮して高水圧の槍を発射した。門を守るリビングアーマーが高速の水弾に弾かれ四散する。
ユミはこの世界で5人以下と言われる水魔法が使える魔導士なのだ。
僕は使い慣れ、腕の一部と化した剣を抜き、慎重に扉を開けた。
刀身に、室内が映しだされる。
赤いじゅうたんを敷いた、国王の間のような造りだ。特徴的なのは、窓が少ないことくらいだろう。魔物特有の、酸っぱい臭いがした。
「お前たち、ふふ、人間が来るとは久方ぶりだ」
闇の奥で声がした。低く、お腹にずしりと響く声だ。
声が実体を持つ。魔王は2メートルはある大男だった。凶悪そうに吊り上がった目。裂けた唇。黒い肌。
「今すぐ支配下の池を人間に解放してください。さもなければ、斬ります」
僕の言葉への返答は、巨大な鎌による一撃だった。
愛刀を抜き、しっかりと受ける。重量が刀身に伝わり、重みで両足が地面に沈むようだったが、傷一つ負っていない。
「しゅっ」
僕は一息で間合いを詰め、大男の懐に入り込む。体重を乗せたまま、胸を一突きする。ずぶり、という肉を貫く独特の手ごたえを感じる。
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