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戦士の休息
夜泣き鳥が鳴いている。ゲームの世界は公害がない。いつでも夜は満天の星空だ。
僕とユミは町で一番高い宿屋にチェックインした。
命がけで魔王に挑み、見事『降水の短剣』をゲットしたのだ。これくらいの贅沢は許されるだろう。
宿屋は磨き抜かれた石で組まれた豪華な造りで、蒸し風呂が用意されていた。
僕は部屋に荷物を置き、蒸し風呂へ向かった。ユミも
「気持ちよさそうだね。私も行く」
と僕の背中からついてくる。
蒸し風呂は性自認別だった。単純な男女別にしないところが開発者のジェンダー意識の表れなのだと思う。これを破ると何かペナルティが課せられるのかは解明されていない。そもそも入れないように設定されているのかもしれない。
タオル一枚で、大きな石室に入る。白い蒸気がじゅわりと漂い、全身が温まってゆく。僕は大きくのびをする。剣を振り回した筋肉痛が消えてゆく。
「お前がケイスケか」
湯気で煙る同室の、筋肉質の青年に声をかけられた。
「悪い。自己紹介がまだだったな。俺はリュウ。今日お前たちが飛ばした魔道伝書鳩を受け取ったのさ。全く、大した勇気だよ」
青年が気さくに笑った。朗らかな声だ。
「そんな。ただ、ゲームの中くらいでは、みんなに気持ちのいいことをしようと思って」
僕も笑い返す。返答は謙遜ではない、本心だ。
「そうか。見上げた心がけのプレイヤーだと思う。今時魔王討伐に命を張るプレイヤーは指の数しかいないからな。おまけにお前は水利権に興味がないときた。この世界では聖人だということを、もっと自覚したらいい」
僕には過ぎた言葉だ。僕はただ、自分が信じた道を歩んでいるだけだ。
「だが、魔女の言葉は気にならないのか? この世界の、破滅か解放だ」
その文言に関しては、僕とユミは三日三晩話し合った。
「破滅に関しては、嫌だけれど、『降水の短剣』を手にした者の責務だと考えています。僕たちに賛同者が現れなければ、ラインの地に行っても、何も起こらないのではないかと思います」
「なるほど、それでは解放とは?」
「おそらくゲームからログアウトできる権利がもらえるのではないかと考えています。ゲーム内の死は現実の死。それを深刻に考えず、ダイブして、精神に変調を来したプレイヤーは多いです。その人たちの救済につながればいいなと思っています」
自らの命を軽々とゲームに投げ込み、結果、現実よりもつらい状況に追い込まれたプレイヤーも多い。彼らは『はじまりの町』の精神医療区画に住まい、毎日ヒーラーから精神安定呪文の治療を受け続けている。
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