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蒸し風呂の後は冷たい水を浴びる。この一瞬が、最高級の宿を借りた意義がある。高価な水をじゃぶじゃぶと使える。最高の気分にさせてくれるのだ。
「ああー、いい」
と僕は目を閉じる。言葉が自然に出てくる。
濡れた身体をタオルで拭き、綿の肌着で廊下を歩くと、ユミも蒸し風呂から上がったのか、少し湿った髪を揺らしながら、薄手のローブで反対方向から顔を出した。
火照っているのか、頬が桜色で、鎖骨がちらりと見える肩も色づいている。艶がある。綺麗だ。僕は一瞬どきりとして心臓をおさえた。
「ケイスケ。結構筋肉あるんだ。カッコいい」
僕がユミに話しかけるまえに、ユミから容姿をほめられた。
「まあ、一応、この世界では鍛えていることになっているからね」
僕は照れ笑いを浮かべた。きっと顔は真っ赤だろう。
ユミと連れ立って寝室へ入る。ふわふわで、高価そうなベッドが二つ、並んでいた。
ユミがベッドの端に座り、水筒から水をごくりと飲む。喉の動きが官能的で、僕もごくりと生唾を飲んだ。
「ケイスケ。私たちの行動いかんで、この世界が崩壊してしまうかもしれない。そんな恐怖って、無いの?」
「もちろんあるさ」
僕は即答した。
「でも、僕はこの世界に来てから、ずっと何かをやり遂げたいと思っていたんだ。現実世界の僕はみじめな、なにも生産しないただの引きこもりだ。そんな僕でもことを成す力があるってことを証明したい」
胸の内にわだかまっていた思いを吐露した。こんな話、ユミ以外にはできない。
「素敵。私、ケイスケと組んで良かった」
僕の目の前に、ピンク色の唇があった。ふわりと甘い感触。それがキスだって分かったのは、事が済んで少しのあとだった。
「私も現実では、摂食障害持ちのお世辞にも美人とは言えない女。でも、たとえ世界が崩壊したとしても、ケイスケと同じように何かを達成したいと思ったの」
ユミが耳元でささやいた。
いい雰囲気だ。でも僕は、交わりをやりに来たのではない。
ゆっくりと、ユミの肩を押し、引き離す。
「運命の日は明日だ。寝て、英気を養わないと」
「そうね。おやすみ。ケイスケ」
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