2.雨

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2.雨

 歌舞伎町二丁目から区役所通りを斜めに横切る路地があり、その途中に10坪ほどの公園がある。公園と呼ぶ事も躊躇いたくなるほどにゴミが捨てられ、カラスが群がっているが、敷地の真ん中にちゃんと滑り台が設置されているから、やはり公園なのだ。  もう五月になるが、半袖のワンピースでは少し寒い。母はもっと露出の激しいドレスを着ている。顔立ちは決して悪くはない、むしろ整っていると思うが、瘦せ衰え、乳房も貧相でドレスの胸元がたわんでいる。短い裾から伸びる足にも肉がなく、見るものが見れば、悪い薬をやっているか、悪い病気を持っているようにしか見えない。  実際、この時の母は既に、時折父親が気紛れに立ち寄った時にもたらす粗悪なドラッグに体を蝕まれていた。  だから、当然客の付きが悪い。付きが悪ければ、ここを仕切っているヤクザの三下にどやされる。今日も、タバコをくわえた頭の悪そうなチンピラが、母のような女たちを次々に小突き回していた。  滑り台の下に潜り込むように、サクヤはしゃがんでいた。  サーっと、雨が降り出した。これでは商売も上がったりだから、家に戻ることができる、そう思った時だった。チンピラに小突かれた母が道に倒れ、釣り上げられた魚のようにピクピクと体を痙攣させた。 「チッ、ヤク中女が」  チンピラは、母を忌々しげに蹴り飛ばすと、俯せに倒れたまま動かなくなった背中に唾を吐き捨てて去っていった。 「ママ……」  恐る恐る駆け寄ると、母はもう、目を見開いたまま絶命していた。  まるで、スープに溺れていた蛾のように、水はけの悪いアスファルトに叩きつける雨に溺れて、母は死んだ。
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