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3.父
「死んだのか」
叩きつける雨の音を掻き分けるように、サクヤの背中から父親の声がした。
振り向くと、サクヤと同じ髪の色をした長身の男が、傘もささずに立っていた。父親の声が、これほど煩い雨音の隙間を縫うようにしてサクヤに耳に届くのが、これほど忌々しいことだとは思わなかった。
「ナミには苦労をかけたが、葬ってやる事もできない……サクヤ、息子よ、すまないが、彼女を神の元に送ってやってくれ。私は行かなくてはならない」
どこへ行くというのか、何をしようというのか。サクヤは立ち上がって父親の足に縋り付き、唸り声をあげてその足を持ち上げた。思わず尻餅をついた父親が、サクヤを思い切り蹴り飛ばした。
「何をする、父親に向かって」
「パパだなんて思ったことはない。ママを苦しめ、いつだってママから金を取り上げて、ダニみたいな奴。あんたが死ねばいい」
「言ったろう、誇りを取り戻すためなのだ」
自分と同じ青い目に狂気を宿した父親が、口元を下品に歪めた。
「サクヤ……これから、パパは大きな仕事をする、本当だ。雨は色んな痕跡を消してくれるから、金を手にしておまえと一緒に這い上がることができる。ここで、ここで待つんだ。すぐ戻る。約束だ」
父親は、母親の遺体を滑り台の下に引きずっていくと、そのまま走り去っていった。
滑り台の下で、サクヤは一晩中待った。だが、父親は迎えにはこなかった。
代わりに、滑り台の下に飛び込んできたのは、片腕を失った殺し屋だった。
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