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壱は深く息を吐き、意を決して週刊誌を開いた。喫茶店での出来事だけではなく、水野の過去が掘り下げられている。高校を卒業してから現在まで、その歩みが一つ一つ事細かに描かれていた。どんな人物を警護したのか、どんな功績を挙げたのか。彼が栄光を手に入れた軌跡と、そしてその栄光から転落していく様が、まるで芝居じみた物語のように書き立てられていた。
(好き勝手に書きやがって)
壱はページをめくりながら、不快感に眉を顰めた。未成年に手を出したなどというありもしない罪状をでっち上げ、まるで水野の人格そのものを貶めるかのような文章が並んでいる。想像でここまで書けるとは、呆れるほどに執念深い。
(想像でよくここまで書けるよな。それにしては、水野さんが前総理の門ヶ原慶三を庇って重傷を負った記事は書いてないんだな)
あれがきっかけで、水野は慶三に気に入られて高卒でありながら警察内の地位を確固たるものに出来たと壱は聞いている。転落ぶりを描くならそれこそ書くべきではないのだろうか、と壱は疑問に思った。
(門ヶ原にとったら、消し去りたい過去なのか?)
壱は次に執務席に置いたままの自分の記事が載った週刊誌を手に取った。
(水野さんを潰す為だけの材料で俺を狙ったのか?)
週刊誌を手に取ってパラパラとページを捲る。
壱の記事は、葵依の元バイト先の人間にまでインタビューしている。顔と名前は隠されているが深夜勤務という文字を読むだけで壱はそれが誰を差しているのかすぐに分かった。壱が葵依のシフトを知る為に、脅したバイト深夜バイトだ。
『シフトを教えなければ、過去に刑務所にいたことをバラすと脅され……』
と書かれているが真実である。
『アルバイトの最終勤務を教えたんです。その日から顔を出さなくなりました。女の子が辞めたから行く理由がなくなったかなと思って、顔も見なくなってホッとしてたんですけど……まさか、犯罪に手を染めているなんて思っていませんでした』
『俺が教えなければ……後悔しきれません』
『顔がいい分、凄むと怖いんです。生きた心地がしませんでした。僕は過去に強盗で捕まりましたが過去を償うために頑張っているのに、脅されて……怖くて。そう言いながら彼は声を振るわせて涙した──』
(マジで俺を見て怖がってたもんな……俺的には紳士的に葵依のシフトを教えろって言ってるつもりだったんだけど)
壱は自分の記事が載った週刊誌を読み、ふと違和感を感じてページをパラパラと捲る。端から端まで目を動かして文章をざっと読み終えて、眉間の皺を深く刻んだ。
(俺の過去はどこだ?)
週刊誌の記事の自分の名前がイニシャルで伏せられ、記事全体でも個人を特定できる情報が殆ど出ていないことだ。普通、スキャンダル記事なら名前や顔写真を大きく取り上げ、社会的な非難を煽るように書かれるのが常だ。だが、この記事では、彼の名前は「K警部補」とだけ記され、顔にもモザイクがかかっている。まるで、壱が完全に悪者として断罪されるのを避けるかのように。
(なぜ俺の名前が伏せられている?)
潰すつもりなら、俺の名前を書く筈だ。水野さんの名前は堂々と本名を出している。俺はイニシャル。顔はモザイク。
長谷川が言うようにガセだと突っ撥ねようと思えば可能だ。
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