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「水野、さん」
内心で焦っているせいで係長を付け忘れるが水野は気にするような男ではない。彼は青褪めた壱の顔を真っ直ぐに見据え、
「行くぞ」
と水野から短く告げられて、壱は何処へ行くのか理解ができなかった。
「話をしてきます」
呆然と立ち尽くしていると、頭を抑えられて上官たちに一礼させられる。それから、壱は水野に引っ張られる形で、半ば強制的に執務室を出された。
「許可は出してないぞ!」と重い扉の向こうから叫び声が聞こえたが、水野は振り向くことなく壱の手首を掴んだまま、廊下を歩き続ける。
「水野さっ、水野係長! 待って下さい!」
壱は水野の手を振り払った。
急いで彼の前に立ち、進行を妨げる。
壱の頭の中はまだ整理できていない。葵依が監視されていた可能性──その考えが壱の思考を支配し、頭の中を整理できずにいた。
「俺っ! 気付いたんです。俺の記事は、あれは俺を追っていたんじゃなくて元は葵依を監視してたんじゃないかって」
「……そうか」
「そうなんです。どうして葵依を監視してたのか分からないですけど……もしかしたら先日捕まったストーカーが張っていて、その写真を記者に売り飛ばしたとか。でも、葵依の写真はあの中にはないからそれはおかしいですよね。いや、葵依の写真は売らなかったんですかね? そもそも記者が俺の車に勝手に侵入して例の盗聴器をわざわざ盗みますか? そんなことが出来たとしたら、やはり門ヶ原がその写真を手に入れて、使えると思ったから手下に指示を出したのでしょうか? 全て門ヶ原の仕業? いや、でもだったら俺のことも滅茶苦茶悪く書き立てますよね?」
水野が返事しないことをいいことに、壱は自分が思っていることを全て話した。
「門ヶ原の指示にしては、俺の記事は甘いというか。俺に興味がないんでしょうけど、でも水野係長を潰したければ悪く書き立てた方が絶対にダメージを食らわせられますし。それをしてないから、門ヶ原の仕業だと思えないし……やっぱり俺の写真は門ヶ原とは全く関係なくて、記者なんておらず、何者かは葵依を監視してたんですよ。葵依のアパートに設置してあったある条件で作動するカメラは、その何者かが設置したんです。葵依を守る為に……」
急に壱が黙り込んだので、水野は片眉だけを上げて金城を見た。
「どうして葵依を守ろうとしたんでしょうか」と壱は言葉を切る。
葵依は、苦労はしているが一般家庭で育った女の子だ。
だが、葵依を可愛がる叔父の話を彼女から聞くとそれとなく金銭に余裕がある人物なのだと分かる。
「工藤、孝」
ポツリ、と壱は呟いた。葵依の身元保証人で、壱は彼を葵依の叔父だと思っていた。
壱が工藤孝が今まで何者なのか調べなかったのは、六花が彼と何度も連絡を取り合っていて信頼しているからだ。六花は工藤孝がどんな職業に就いているのか教えてはくれなかったが、葵依も叔父を信頼しているし、六花が身元を保証してくれたから調べる必要はないと壱は踏んだ。しかし、本当は調べるべきだったんじゃないだろうか。葵依を守る為に監視するのは工藤孝くらいしか思いつかなかった。
だが──疑念がどうしても残る。
「本当に葵依を守る為に監視していたら、見守っている姪っ子の前に訳が分からん俺みたいな年上男が現れたら、すぐにでも俺のことを排除しようとするのでは?」
(工藤孝ではないかもしれない)
じゃあ誰だ。葵依のストーカーが他にも居るのか?
考えても分からない。
本当に、葵依は何かに巻き込まれているんじゃ?
葵依は隠そうとする子だから。
(でも、隠し方は下手だ。まず嘘が下手なんだ)
「金城」
「葵依を保護すべきでは」
「金城」
「だって、誰から監視されているか分からないし」
頭の中でグルグル回る。大事な葵依が何かに巻き込まれてしまう嫌なシーンが浮かんでは消えていく。
壱は言葉を続けようとしたが、水野が動いた。
次の瞬間──鋭い衝撃が右頬に走る。予想外の出来事に壱は受け身を取ることが出来なかった。
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