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そんなところに繋がってるなんて思わなかったから!
物資を保存しているテントで在庫の確認をしていると、遠く、子供が喧嘩しているような声が聞こえた。
あるいはふざけ合っているだけかもしれないが、現地の言葉にまだ慣れていない牧には、遠くの口論の詳細まで聞き取ることはできない。
ただ、本気の怒声ではないようだったので、様子を見に行くことはしなかった。
「(俺も昔はいつも怒ってたな……)」
子供達の声が、牧に学生時代のことを思い起こさせる。
牧には学生時代、犬猿などという言葉では生ぬるい、不倶戴天のクラスメイトがいた。
相手が牧を一方的に馬鹿にし、それに対して牧が一方的に怒るような、非常に不毛な関係であった。
教師たちは何か自分に恨みでもあったのか、なんと奴とは三年間同じクラスだったが、大学は無事に別々で、奴のいない平穏な時間を謳歌し、卒業後はそこそこ大手の物流の企業に就職した。
倉庫で働くことを選んだのは、奴と進路を同じくしないためでもある。
無駄に成績が良く、小賢しくて理屈っぽいあの男は、きっと弁護士だとか医者だとか、机の前で考えることの多い職に就くだろう。現場の仕事なら一生顔を合わせずに済むはず、という算段だ。
数年後、職場に耐えられないほどの不満はなかったが、大学時代に国際ボランティアをしたときのことがずっと気になっていたため、非営利の医療・人道支援団体のロジティクス部門の海外派遣スタッフとなることを決めた。
医師の足りない途上国や、紛争地の難民キャンプでは、日本にいた時には想像もしなかったようなことが日々起こり、大変なことは山積みで、辛いことや悲しいこともあるが、喜びややりがいもたくさん感じることができる。
この充実した日々のそもそものきっかけが一番嫌いな奴だったなんて、別に感謝はしないが縁とは不思議なものだ。
あの頃は子供だったが、今なら……、いや、会いたくはない。会うわけにはいかない。
牧は、奴のことが嫌いなのだ。嫌いでなくてはいけないのだ。
思考に浸李、手を止めてしまったことに気付き、牧は作業を再開しようとした。
すると、背後でばさっとテントの入り口が捲られる音がして。
「ああ、人がいてよかった。融通してほしいものがあるんだが、手に入るかどうか、確認を」
緊急の要件なのか、テントに入ってくるなり英語で捲し立てられて、振り返った。
相手はどうやら東洋人…というか日本人のようだが、何故かこちらを見て目を見開き、言葉を止めたまま固まっている。
続きを促そうとした牧は、相手が固まっている理由に気づき、仰天する事になった。
「牧…だよな?」
「ぇ…………………、っはぁ!?」
どんな悪夢だろう。
たった今回想していた不倶戴天の仇敵が、腹立たしいことに、最後に見た時よりも一層男前になった姿でそこに立っているではないか。
「おまっ…高門!?なんっ……、なんでここに!?」
「このチームの医療スタッフだから?」
ニヤリと笑う、あの頃と変わらない嫌味な表情に、聞きたくなかった現実を突きつけられて絶望した。
医者になっていたのは想定の範囲内だが、何故よりにもよって腕を振るう舞台に非営利団体を選んだのか。
大学病院で大先生ヅラしていればいいものを!
大体、こんな性格の悪い男に医療行為を受けるなんて、自分ならば絶対にノーだ。
傷が治っても精神に健康被害が出るに決まっている。
「くそ…!絶対にお前と道がかぶらないように、逆方向の進路を選んだつもりだったのに…!」
自分の現状も忘れて望まぬ再会に苦悩していると、高門は芝居がかった動作で肩をすくめた。
「ま、地球は丸いからな。真逆に歩き出したら、一周して会うことになるんじゃないか?」
減らない口は、一ミリグラムも変わっていない。
若干伸びた前髪をかきあげる仕草に、何故か胸が痛んだ。
「(ああ、だから、こいつには会いたくなかったのに……!)」
ただでさえ慌ただしい日々が、より一層混沌としたものになる予感に、牧はがくりとうなだれた。
終
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