身内 Ⅰ

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身内 Ⅰ

 大晦日の食事は、通常の夕食とことなり一品一品出てくるわけではなく、一度に目の前に並べられる形式だった。  食事の内容は質素であるものの、大小様々な形や色の形の皿に盛り付けられていること、そして一度に出てくることも相まってそれはそれは圧巻。普段は金彩が縁にあったりもするが白磁の皿が主であるから、装花が少ない食卓でもとても目にも鮮やかだった。  一度に出して、最後はまとめて下げるのだろう__これがビルネンベルクの大晦日の伝統らしい。 「__リュディガー、お前さんのもらう所領は伸び(しろ)がありそうだな」  リュディガーは唐突な話題に、口に含んでいた食べ物を急いで咀嚼して飲み込む。 「ご覧になられたのですか」  ああ、と頷くアルティミシオンは、ナプキンで口を軽く拭って米の酒を口へ運んだ。  米の酒は、蓬莱から伝わったもので、帝国では葡萄酒と同じぐらいに消費され、神事の種類によっても用いられる。  ビルネンベルクでは、それに倣い、行事ごとで葡萄酒ではなく米の酒を食卓で振る舞うのだそうだ。これは招いた客によっても変えるらしいが、宗主である大ビルネンベルク公がいる場合は、彼の指示がない限り、米の酒だという。  米の酒は、キルシェの生活にはあまり馴染みがないものだった。ビルネンベルクも葡萄酒をよく嗜んでいたから、滅多に口にしない。それでも、この米の酒は口当たりが柔らかく、甘みを感じるもので、飲み慣れていないキルシェは飲みやすかった。  隣に座るリュディガーが耳打ちしてくれたが、とても高価なのは違いない、ということだ。 「__あれは、豊かになるだろう」  リュディガーは一度キルシェを見、アルティミシオンへ顔を向ける。 「義倉になれば、と思っております」 「大きく出たな」  くつり、と笑い、米の酒を今一度含む。  義倉とは、災害や飢饉などの有事に備え、穀物を備蓄しておく倉のことだ。管轄は国と州とで分けられている。 「ええ。目標はそれです。それが__」 「__それが、陛下や国への恩返し……か?」  言う先を奪うアルティミシオンに、リュディガーは目を見開く。  その反応に、ビルネンベルクとともに、喉の奥で笑う。 「むしろ、恩があるのは、陛下や国だろうに。真面目すぎるな、お前さん。相変わらずだ。さすが、ナハトリンデン姓を継ぐ者だな」  ナハトリンデンというリュディガーの姓。  それは、かつて目の前の大ビルネンベルクが送った呼び名が由来らしい。夜な夜な、菩提樹の木を植えて回っていたのが由来だとか。  リュディガーは意図せず、アルティミシオンと浅からず(えにし)があったのだ。  __たまたまとはいえ……本当に、めぐり合わせが良すぎで……。ありがたいことだわ。  アルティミシオンが酒盃を置いて、食事をひとつ口に運んだのを見て、キルシェは口を開いた。 「……あ、あの、大ビルネンベル__」 「小父様、だ。キルシェ」  みなまで言わせず口を開いたのは、苦笑を禁じ得ないビルネンベルクだ。 「小父、様……」 「そう。小父様」  そうだった。  そういう呼び方を、という話になったばかりだ。  __でも……畏れ多いわ……。  決まったからと言って、長らく顔見知りだったのならいざしらず、ついさっき会ったばかりの偉人をつかまえて、馴れ馴れしい呼び方など難しい。キルシェにしてみれば、帝国の大御所も大御所なのだ。  口を引き結んでアルティミシオンを見れば、片側の口角を上げて肩をすくめる。 「すまんな。どこかの空の下で出くわすかもわからないから、その呼び方に慣れてくれ。いずれ、そのうち慣れる」 「は、い……」 「それで……何か?」 「えぇ……と、あの……イェソドの一件で、息のかかった者を長らく潜入させてくださって……本当に、ありがとうございました」  キルシェの脳裏に浮かぶ、憎めない人の好さそうな笑みを浮かべる青年の顔が浮かぶ。  彼はキルシェの限られた外部とのつながりのひとつで、父が雇用していた者にしては、為人がよい好人物だった。  だから、そういう面でも信頼を置いていた。 「あぁ……。あれのことか。あれについては、現当主殿の管轄なので、感謝されるようなことはないな」 「あれ……ですか」  呼び方に、キルシェは違和感を覚えて、思わず零していた。  その者は、キルシェにはよく見知った者だったからだ。  あれ__その物言いは、かつての父がそうしていて、まさしく取るに足らない物、という含みを持っていた。使い捨て、という響きがあったのだ。 「む? どうした?」 「すみません、あれ、という呼び方……父がそうしていたので……」 「キルシェ。私も、ご指導賜っているとき、アルティミシオン先生が誰かとの会話で私を話題にのぼらせるときそうだった。見下してということでは__」 「待て、リュディガー。__親しい身内と思った者を、どうしても、あれ、とか、これ、とか言ってしまうんだ。すまなんだ、紛らわしい物言いをした、キルシェ嬢」 「あ、いえ……すみません、お謝りいただくつもりはなく……」 「いや、いいんだ。気をつけていたところだったのはそうなのだがな……何分染み付いてしまっているもので……」  自嘲を浮かべるアルティミシオンは、やれやれ、と首を振って杯を持つ。 「__そう……身内といえば、現当主殿には、あまり誤解を招くような動きはするな、と言っているのだがな」 「誤解?」 「独自の組織を作り上げること、だ。結社の自由は認められているとは申せ、そこそこの強大な勢力になったら、どんな目くじらをたてられるか知れん」  なるほど、とキルシェは内心で納得した。  ビルネンベルク家は帝国において、名門も名門。  並び立つ名家はあるものの、大ビルネンベルク公がいるということで、抜きん出ているといっても過言ではない。  その家が、独自に組織した物があるとすれば、ビルネンベルクを貶めたい家に、お家つぶしの口実に使われかねないだろう。 「広げすぎた屏風は、いずれ自重で倒れるのみ、ですか」  リュディガーの言葉に、ああ、とビルネンベルクが頷く。 「兄上は予め私にあの者のことを知らせておいてくれれば、キルシェの保護は早期にできていたに違いないのに……」 「まあ、それは言ってやるな。最低限の規模でやるのは、基本中の基本だ。あいつも今回のことは教訓としたに違いないのだから」  アルティミシオンの言葉を受けて、やれやれ、とビルネンベルクは首を振る。 「それで、リュディガー。今後はどうなる?」  視線は食卓に落とし、アルティミシオンがこだわりなく尋ねる。 「龍帝従騎士団の中隊長に戻ります」  そうじゃない、とアルティミシオンは吹き出すように笑った。  リュディガーは思いもよらぬ反応だったらしく、きょとん、としてしまっている。 「__お前さんたちのことだ」  アルティミシオンは、リュディガーのみならず、キルシェにも意味深な視線で見つめてくるので、キルシェは思わず手元の動きを止め、カトラリーを置いて膝の上に手を置きリュディガーを見た。  見つめた先のリュディガーもまた、キルシェを見た。その顔はいくらか強張っている。 「お、お聞き及びで……」 「私を誰だと思っている。放浪癖があるとはいえ、そこそこに知り合いも多いのだぞ? 中々、お前さんの口から報告がないのでな。御破算になったようではないらしいが」  なあ、とアルティミシオンはビルネンベルクに視線を向けると、ビルネンベルクは頷く。 「後見人の私も、御破算になったとは聞いておりませんね」  ビルネンベルクは、さも愉快という顔をして米の酒を口に運び、アルティミシオンは背もたれに身を預けて、リュディガーの回答を待つ。  ふたりの無言の圧力に、リュディガーは居住まいを正した。 「その……彼女とは、世帯をいずれは持ちます」 「いずれ?」 「はい、いずれ。ただ、確実に」 「なんだ、確実と言っているが、そのぼんやりとした答えは。日取りはどうなのだ? 話をまるで進めていないのではないか?」  わずかに、釣り上がり気味の流麗な眉がひそめられ、眉間に皺が寄るのだが、皺が寄った刹那、リュディガーが微かに息を詰めるのをキルシェは感じ取った。  過酷な任務を終え、今よりも心をすり減らすような状況を耐え抜いたはずのリュディガーが、ここまで怯むとは__キルシェには驚くばかりだった。  __どれだけ、厳しい指導をうけてきたのかしら……。 「そうなのですよ。挙式をするのかしないのかさえ」 「しないのか?」 「それは……あー……」 「どちらがどちらの籍にはいるのも、聞いておりませんね」 「何? 籍のことも、決めていないのか?」 「……はい……」 「私のような獣人よりも、遥かに短い生だろうに。悠長なことだな。デカいのは図体だけになったのか? 気骨のあるやつだと見込んでいたのに……」 「はぁ……面目次第もございません、先生……」  歯切れの悪いリュディガーの回答に、アルティミシオンは呆れた顔を見せる。 「あ、あの……っ!」  たじたじとしているリュディガーを見かねて、キルシェは罪悪感から思わず声をあげていた。
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