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「彼女がいるって、そんなに良い事なのか?」
突然呟いた隼人に、菜美は目を丸くした。
「んぇ?何急に、どしたの」
2人は幼なじみで、高校生になった今も時々一緒に帰るほどには仲が良い。しかし、お互いの恋愛絡みの話はしたことがなかった。
菜美はずっと隼人が好きだったからそういった話を振る勇気はなかったし、おそらく隼人はどうでもいいのだろう。
そう、思っていたのに。
傘を握る手を入れ替えて、菜美は続く言葉を探した。
何もなく、ふと感じた疑問ならそれが1番良い。
ただ、誰かを想ってのこの発言をしたのなら、それを掘り下げるのは回避したい。
さぁ、どう返ってくるか。
「んー……なんとなく?友達が彼女できたって嬉しそうだったから、それで思ったのかも」
「そうだったんだ」
しまった、今の声は明らかにほっとしていた。
今の隼人は恋愛に関心がない、つまり自分のことを全く意識してないのだ。この想いがバレてしまえば、このままの関係ではいられなくなる。
だから、まだ隠さなくてはいけない。少なくとも、玉砕してもいいという覚悟ができるまでは。
だが、この疑問にはどう返そうか。
「もし、好きな人が、彼氏になってくれたら……」
言葉を選びながら考える。
もしも、隼人が自分を好きになってくれて、彼氏と呼べる存在になったら。
「すごく、心強いんじゃないかな」
菜美の精一杯の答えに、隼人は驚いたようだった。
「心強い、なんだ?幸せとか楽しいとかじゃなくて」
聞き返されて、頷きを返した。
チラリと隣を見上げると、真意を測るように隼人がこちらを見つめている。前に視線を戻し、見られていることに少し緊張しながら、菜美は目を細めた。
「だってさ、彼氏ってことは、自分が1番好きな人ってことでしょ?好きで好きでたまらない、ずっと一緒にいたいって思えるような人が、同じ気持ちを返してくれるんだよ?」
「まぁ、確かに……」
「それって最強じゃない?何があっても、例えばミスしてめっちゃ落ち込んでも、その彼氏がいてくれるから大丈夫だって思える気がするな」
まぁ、彼氏できたことないからわかんないけど。
そう付け足して、再び隣を見る。隼人は、なるほどな、と頷いた。
「なんか、菜美っぽいな」
突然そう言われて驚く。
「え?そうかな?」
「おう。何となくだけど、菜美っぽい答えだった」
菜美っぽいとは、どういう事だろう。プラスの意味だと受け取っていいのだろうか。
ぐるぐる悩む菜美の顔を隼人は覗き込んだ。
「にしても、すごい具体的だったけど。思い浮かべてた人でもいるわけ?」
まさかの一言。
言葉を失って立ち止まった菜美に、隼人は逆に驚いたようだった。
「あ、まさかのビンゴ?お前も好きな人とかいるんだ」
へぇぇ、とニヤニヤする隼人に殺気を覚える。
動揺とかはなく、興味本位なのがわかりやすいその表情に腹が立ってきて、菜美はやけくそ気味になった。
「だったら何、相手でも気になるわけ?」
歩く足を速めると、流石に動揺したらしい。
「え?悪い、嫌だった?」
慌てたようにこちらの顔を伺おうとするが、傘を深くさしてその視線を遮る。
「そういうことじゃないよ。気づけ、ばーか」
水溜まりを気にせず走り出した。後ろから隼人が追いかけてくるのがわかる。
けど、今日はもう喋ってやらない。その代わり、明日は距離感なんて気にせず近づいて、意識させてやろう。
この関係のままでとか、もうそんなのいい。この気持ちに気付いたら隼人はきっと困るだろうけど、それもどうだっていい。菜美も充分隼人に振り回されてきた。
隼人なんて、もっと自分で困って、自分のことばかり考えればいいのだ。
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