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今日も仕事の帰りに悠里の病院に立ち寄る。
悠里の居る宮城野渓大学附属病院の病棟は、精神科の一般病棟と重症患者用に分かれている。
一般病棟は回復期に向かっている患者が多く、面会なども極端に制限されていない。通常の時間が設定されているだけだ。
よくある奇声をあげて暴れる精神病の患者等は、もっと奥の特別病棟になる。
悠里は一般病棟の一人部屋だ。治療が難しい病名が多いのでこの病棟には個室しかない。
「お兄ちゃん、お帰りなさい」
今日も笑顔で出迎えてくれる悠里。
車椅子を自分で操作して、部屋に配膳された夕食のトレイをテーブルまで運ぶ。
悠里はこの2年半の治療の甲斐もあって、中学生ぐらいの日常生活動作の記憶までは回復して来た。
ただ全部を思い出した訳ではなく、思い出した事も全てが持続はしない。その記憶がそのまま脳裏に留まってくれる訳ではないのだ。短期記憶障害が繰り返されている。
それでも自分が北 龍矢の妹で、火事で大きな怪我をしてから記憶が曖昧になってしまったという事は分かって来たらしい。そしてその治療の為にこの病院に入院していると言うことも。
福島での事は少しずつ思い出せては来ている。母が亡くなっている事もいつの間にか理解していた。
よくお墓参りに行きたいとは言っている、今度福島に帰る事が出来たら連れていこうと思う。
「今日はね、何かのアニメを一生懸命見てた事を思い出したよ」
ん?
「あれどんなお話かな、出てくるキャラクターがとても素敵でね。宇宙船とかかっこいい戦士とかいっぱい!」
・・・フレイヤの方舟、また来たか。
「お兄ちゃん、悠里あのお話をちゃんと見たいな〜忘れないようにノートに書いておくね!」
悠里は毎日治療の後に記入する明日の自分への手紙(ノート)で、色んな事を記憶に残そうと努力していた。
この病室にはアニメやマンガ本はまだ持ち込めない。治療に影響が出る可能性がある物はまだ排除している。
持ち込めているのは一番最初に許可を貰えたいずも先生の絵本だけだ。なんてことは無い、悠里がそれだけはガンとして手放さなかったのだ。
こうして記憶想起法の治療の過程で悠里が思い出す情報の中には、幼い頃に見た風景や出掛けた場所や出来事、読んだ本や印象に残ったであろうTVや映画の場面など多岐に渡るものが多い。
それを思い出す過程も大事な治療の一貫でもあり、悠里は幼い頃から生粋のインドア派でアニメやマンガは大好きだったからこうしてそれを思い出す比重も多いけど。
でもそれ、本当に必要な記憶かな〜💦無くても良くないか?別にまた腐女子を始めなくても…とりあえずフレイヤではなくて魔法少女とかにしておこうや!
「今日の晩ご飯はなに?私の方は肉じゃがよ」
「そうか、俺は唐揚げ弁当にしたよ」
「またぁ?お兄ちゃんはそればっかりね」
悠里が笑う。これもいい傾向だ、悠里の記憶にここ最近の俺の夕食が残っている。
悠里は記憶障害が二重になって現れた症例だから、通常よりも治療が難しいのは当たり前だ。それでもここまで頑張って色々記憶が残るようになって来た。
うちの妹偉い、時々襲って来る激しい頭痛にも負けずにずっと治療は続けて来た。
「お兄ちゃんお茶いれたよ、座って」
「ああ、ありがとう」
部屋に備え付けのテーブルで悠里と夕食だ。俺も途中のほか弁屋で買ってきた唐揚げ弁当を並べる。
「ほら悠里」
「ありがとうお兄ちゃん、いただきます」
唐揚げをひとつあげた、悠里も好きだもんな。
不思議だな、記憶が無くても好きな物は変わって無いんだから。
「このお店の唐揚げおいしいね、お兄ちゃんのお気に入り?」
「ああそうだな、悪くない」
「福島にも美味しいお店があるのかな」
「地元に帰ったら俺が作るよ、得意だ」
「わぁ楽しみにしてる」
最近医者からは、ある程度治療が進み悠里自体が日常生活を安全に送れるようになれば、それで一区切りとしても良いのでは無いかと言われている。
あとは外来での受診に切り替え、徐々に月に一度の外来受診に移行して悠里が転院してきたあの病院でのフォローに切り替える事も出来そうだと言ってくれた。
そしてここ暫く、悠里の記憶は大分安定してるように思うと。そろそろ退院を考えて見ようかと言われている所だ。
「よいしょ」
食べ終わったお膳を車椅子の膝に乗せて悠里が部屋から出ていく。配膳車に戻すのだが最近は自分の身の回りの事は何とか自分で出来るようになった。
これも悠里の努力の証だ、こちらに入院してからもずっとリハビリは続けていた。手摺さえあれば、部屋の中の僅かな距離ぐらいは移動できるようになっていた。
あれから2年半か。
悠里にもそろそろその時期が近付いていたんだ。
最近は時任さんの事もちゃんと思い出して「時任のお父さんと清音お母さんに会いたいな」と言っていた。それを時任さんに話すと文字通り宮城まで飛んで来てしまいそうだから黙っているけど、もうちょっと記憶が安定したら教えるつもり。
あとは美音さんの事はかなり覚えている。大好きないずも先生の絵本をくれた人だから印象が強烈だったのか。
しかし当のいずも先生にしょっちゅうお会いしてた記憶はまだ戻っていない。なんかそれは申し訳ないんだけど。
自分がお気に入りにしているいずも先生直筆のパジャマ達も、どうも悠里の頭の中では美音さんがくれた事になってるみたいで。これもひたすら申し訳ない。俺としては変なアニメよりも出雲家を優先で思い出して貰いたいのに。
そう都合よく行かないよな( ̄▽ ̄;)
それでも定着する記憶は少しづつ増えている。悠里がいい方向に向かっているのは確実なのだ。
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