08. Stop

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 たいしたことはしていないのに。  先生の反応を見ていたら、自分の行った作業が役に立っていると実感できて、とても嬉しい。  紅茶やお菓子や音楽。今まで不要だと判断してきたものにふれることが、生きることの楽しみを思い出させてくれている。  でも、これはバイトで、ずっと続けられる訳じゃない。これで一生食べていける訳じゃない。  ヌワラエリアが運ばれてきたので、砂時計が落ち切るのを待って、口に運ぶ。  飲み慣れていない紅茶だからか、味わいを深めているはずの渋みが、なんだかえぐく感じられて。  現実は口当たりのよさだけで構成されてない。  目が覚めたような気がして、もう一度自分の気持ちを考えてみる。  私が本当に気にしているのは、仕事のことなのだろうか?  違う。本当に悩んでいるのは。  好きになってしまっても、どうしようもない、ということだ。  相手は、人を好きになることをやめていて、私のまるで知らない研究をしていて、全然違う世界にいて、本当は会うはずではなかった人。  一緒に過ごす時間が長くなればなるほど、離れがたくなるのに。余計好きになってしまうのに。  気づかないうちに、タイムリミットは来ていた。  バイトを辞めよう。次に何をするのか、まだきちんと決めてないけど、いたずらに想いを募らせてしまうより、ずっといい。  私は、仮じゃない本当の居場所を、見つけなければならない。
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