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「あの」
「なんですか?」
「お話があるんですけど」
「なんでもご遠慮なくどうぞ」
先生の笑顔がなんだかとても苦しくて、思わず静かに息を吐いた。
「バイト、辞めさせてください」
「律さん……?」
先生がひどくびっくりした顔をしている。辞めることがそんなに意外だったのだろうか。
ぽたりと床で響く音。見ると、歪んだ小さな水円ができていた。
「あ……」
声が上手く出なくて、鼻が通らなくて、頭がぼんやりして。頬にふれて、私はようやく、自分が涙を流していることに気づく。
元彼と別れた時にも、仕事を辞めた時にも、泣いたりしなかったのに。
「ごめんなさい……」
「泣くほど、このバイト、お嫌でしたか?」
先生は私にハンカチを差し出しながらそう言い、はっとしたように引っ込める。
「それとも、僕のことが、嫌いでしたか?」
先生の顔がひどく悲しげで、そんな顔を見たくなくて、否定しなければと思うけど、上手く言葉が出ない。
「……そうじゃ、なくて」
絞り出すように言うと、先生はほっとしたように、もう一度ハンカチを差し出してくれる。震えながら受け取り、目元に持っていくと先生の匂いがして、一瞬手が止まってしまった。
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