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18 S
コートを元の所に戻して店を出たら、そろそろ帰らないといけない時間になってしまっていた。
「なんか1日の長さが全然違うっていうか…。時間が盗まれてる気がする。早すぎるよな?夕方になんの」
駅に向かって歩きながら匡也がぼやいた。
「うん。早すぎる」
まだ帰りたくない
まだまだ一緒にいたい
でも親を怒らせたら、後が面倒くさい。
「まあ明日も学校で会えるんだけどさ。…でも…」
「…うん…」
足りないよねって顔を見合わせた。
「しかも来週の日曜、練習試合なんだよ」
「え、あ、あー…、そっか…」
匡也がオレの肩をぎゅっと抱き寄せた。
12月の日暮れは早くてもう薄暗い。お店や家の庭なんかにクリスマスのイルミネーションが光ってて綺麗で、でも今は暗い方がいい。
「ごめんな。だから次は土日両方部活なんだ」
「…うん、…分かった。謝んないで、…匡也」
そんな申し訳なさそうな顔しなくていい。
「言うタイミング分かんなくて今になったのは謝らせて。ごめんな、こんな帰り際に」
「ううん、大丈夫。見に行けないのだけ、残念だけど。オレさ、匡也がバスケやってんのほんと好きなんだ。だから…っ」
ぐいっと身体を持ち上げられる勢いで、街灯の当たらない建物の間に連れ込まれた。そしてぎゅうっと苦しいぐらいに抱きしめられる。
「…す…っげぇ嬉しい…っ。俺マジで詩音のこと好きになってよかった」
少し上擦った声でそう告げた匡也がオレの頬に口付けた。
そして腕の中のオレを見下ろす。
「俺のこと、好きになってくれてありがとな、詩音…」
やっぱり、両想いってすごい…
「…こっちこそ、オレのこと好きになってくれてありがと、匡也」
ザワザワと歩いていく人たちの話し声や足音なんかがしてるけど、大きな匡也の身体に遮られてて見えない。
匡也しか、見えない
だから…
手を伸ばして、匡也のシャープな頬を撫でた。
そして首の後ろに手を回して、クイと引き寄せる。
キスがしたい
一瞬驚いたように目を見張った匡也が、次の瞬間蕩けるような笑みを浮かべた。
その微笑んだ形のいい唇と、大好きだよって気持ちを込めてキスをする。
たぶん匡也もそう思ってくれてる。
だって唇から幸せが送り込まれてきてる。
名残惜しい気持ちで唇を離して、何食わぬ顔をして駅への人混みに紛れ込んだ。
夕方の電車は混み合ってて、それが嬉しくて「もう末期だな」って思いながらオレは匡也にくっついた。
「混んでて吊革に掴まれないんです」って顔して匡也に掴まる、外向けのアピール。
匡也に触れること自体への言い訳はもういらない。
また、デートしたいな
今日みたいに、一日中匡也を独り占めしたい
家の最寄駅に着いて、匡也もオレと一緒に一旦電車を降りた。
「あとちょっと平気だよな?時間」
時刻を確かめる匡也の手の中のスマホには、新しいお揃いのカバー。
「俺、次のに乗るからもちょっと話そう?」
「うん」
帰りたくないって言外に伝え合いながら、ホームの隅に移動した。
「今日さ、すっげ楽しかった。だからまた一緒に出かけよう、詩音」
「うん、オレもめちゃくちゃ楽しかった。ありがと、匡也」
名前呼び、ちょっとだけ慣れた。相変わらずドキドキしてるけど。
いつもは遅いなって思う次の電車はあっという間にやって来て、匡也を乗せて行ってしまった。
見送るのと見送られるの、どっちが苦しいんだろう
離れていくのはおんなじだから、おんなじなのかな
今日は別に約束はしてないけど、きっと匡也は22時に電話をくれる。
明日になれば、また学校で会える。
でもやっぱり淋しくて、オレは電車の走り去った線路を見つめて、ポケットの中のお揃いのスマホをぎゅっと握りしめた。
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