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 いつものメニューをこなしながら時々キャットウォークを見上げて、その度に佐伯と目が合って、しかも綺麗に笑ってくれて夢を見てるような気分だった。  この前まで友達だった佐伯が、今は恋人として俺を見下ろしてる。  同じ佐伯だけど全然違う。  恋人の顔をした佐伯は、蕩けるような甘い笑顔を浮かべてる。  可愛いだろ、ってみんなに見せびらかしたい  可愛いから、誰にも見せたくない  相反する気持ちが、同じだけの大きさで胸の中で渦巻いてる。  可愛い、めっちゃ可愛い。  あんな可愛い佐伯が俺のものだなんて未だに信じられない。  俺が見上げたら、佐伯が手を振ってくれる。  すげぇ幸せ 「羽村、お前ますます人気者じゃん」  先輩に肘で小突かれて、やっと耳に歓声が入ってきた。  佐伯のことしか見えてなかった。  今日も体育館は満員だ。  ほとんど女子だけど、その中でも佐伯が一番可愛い。  そういえば体育館に集まってる女子のうちの何割かは佐伯目当てだったっけ。  そりゃバレるわ、俺らのこと。  全然そこまで気が回ってなかった。  中島は「女子は見守ってる」とか言ってた。まあ邪魔されなきゃ別にいい。  部活が終わって、佐伯が待ってくれてる昇降口に向かった。  いつものように「待ってて」の合図を送った時、佐伯は子どもみたいに頷いてた。  可愛すぎて、抱きしめてコートの中に隠して帰りたくなった。 「あんな可愛いと色々心配だなあ、羽村」  井澤部長が俺の隣に並んでそうボソッと言って、ニヤッと笑いかけて追い抜いて行った。  あんたが一番の心配の種だよ  硬い筋肉のがっしりとのった背中を見送りながらそう思った。  昇降口で、佐伯は立ったまま俺を待っていた。 「お待たせ、佐伯。寒かっただろ。つか立って待ってたの?」  俺のコートのフードを被って、モコモコの姿で待ってて可愛い。 「あ、うん。なんとなく?」 「俺のコートのことは気にせず座って全然いいからな」  いつもは傘立てに座って待ってるのに。  佐伯は「平気だよ」って言いながら、俺のコートを脱いだ。ちょっと寒そうに肩を窄めてる。 「なんか、もしかして余計寒い?このタイミングで脱ぐのキツいよな。いっそ着て帰る?」 「ううん。平気平気。おかげで体育館で寒くなかったし。だからさ、羽村コート着て」  佐伯は俺を見上げながら、なぜか少し急かしてくる。俺がカバンを置いてコートを着るのをじっと見て、そしてカバンを肩にかけたら少し寄ってきた。  もしかして…  上目遣いで俺を見る佐伯に腕を伸ばして、その華奢な肩を抱き寄せた。  佐伯の頬がふわっと桜色に色付いていく。  俺にこうやって肩を抱かれたかった、って思ってもいい、のか? 「帰ろっか、佐伯」  声をかけながら、小さくて綺麗な顔を覗き込む。 「うん」て頷いた佐伯の笑顔はキラキラと輝いてて、眩しくて眩しくて俺は何も言えなくてただ頷いた。  薄暗くなった屋外に出たら、佐伯が俺に腕を回してくっついてきた。  可愛くて可愛くて可愛くて可愛い 「なあ佐伯。…明後日の日曜ってなんか予定入ってる?」  ないって言って 「え?ないよ?」  よし! 「デート、しない?」 「え、え、えっ、する…っ」  見上げてくる佐伯の大きな瞳と、コートが引っ張られる感触。  全身で俺に応えてる様がもう… 「…マジで、やばいくらい可愛いな、佐伯」  中島が言ってた通りの即答が嬉しくて、つい頭を擦り寄せた。 「可愛い可愛い。めっちゃ可愛い。な、佐伯、行きたいとこある?思いつかなかったらモールとかでいい?」 「あ…うん。羽村とならどこでも…」 『羽村とならどこでも』  うわ うわ うわ  めっちゃ嬉しい…!
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