145人が本棚に入れています
本棚に追加
/86ページ
3 S
え?と思っていると、羽村がオレの器の中の唐揚げを箸で摘んだ。
そしてオレの方に向ける。
「ほら佐伯」
わ、これは…
思ったより恥ずかしいかも…っ
…さっき羽村にやっちゃったけど
あーんと口を開けると、羽村が唐揚げを口に入れてくれた。
「一口は無理だな。気を付けて噛めよ」
そう言われて、顎の下に手のひらを構えて慎重に唐揚げを噛み切った。幸い唐揚げは箸から転がり落ちたりはせず、羽村はオレが一口目を食べ終えるのを待ってくれてる。
「なーんか妹がちっさい頃のこと思い出した」
くすくす笑いながら、羽村が残りの唐揚げをオレの口に運んだ。
「羽村妹いるんだっけ」
中島がテーブルの向こう側から訊いた。
「いる。2コ下のが1人」
「可愛い?」
今度は三田。
「どーだろ?分かんね。俺とはあんま似てねぇよ。背は高めだけど」
「ふーん。あ、佐伯食い終わったな。じゃ、出るか」
中島がそう言いながら立ち上がって、三田もそれに倣って腰を上げた。
羽村が再びオレに視線を向けた。
「もちょっと休んでも大丈夫だぞ?部活までまだ時間あるし」
「じゃ、おれら帰るわー。またなー、羽村佐伯」
中島と三田が前からいなくなったら、急に視線が気になり始めた。
「オレもう平気だから出よ?羽村」
「ん、じゃ出るか」
羽村の後ろに付いてトレイの返却口まで行ったら、いつも通り羽村が振り返ってオレのトレイをパッと取って戻してくれた。
へへ、嬉し
「あ、佐伯、自販行ってい?」
学食から出たところで羽村が言った。
「自販ってあの自販?」
「そうそう」
「!」
羽村がオレの肩に腕を回して顔を覗き込んでくる。
「出会いの自販」
耳元で内緒話みたいにこそっと言われたのがくすぐったい。
ピロティの隅に立ってる自販機。
その前でオレたちは初めて喋った。
羽村がコインを入れて、スポーツドリンクのボタンを押した。ガコンとペットボトルが落ちて、羽村はオレから手を離して取出し口に手を入れた。
「オレも何か買っとこーかなー。羽村、今日って夕方まで?」
「そうだよ、佐伯くん。今日もバスケ部見に来てくれるのかい?」
「わっ」
突然後ろから声をかけられて、しかも頭にポンと手を置かれてびっくりした。
「…部長、驚かさないでくださいよ」
ペットボトルを手に持った羽村が、僅かに眉間に皺を寄せてオレの後ろを見た。
頭の上に手をのせられたまま、身体を捻って後ろを見ると、高い位置から人懐こい笑顔を向けられた。ただし、ちょっと裏がありそうな。
「…井澤先輩。手、重いんですけど…」
長身の羽村より少し背の高い、更にガタイのいい井澤先輩の手は大きくて、手だけなのにずっしりした重量感がある。
「佐伯くんは華奢だからなあ。首も細いもんな」
井澤先輩がオレの首を、顔をじっと見て、そしてやっと手をどかしてくれた。
先日バスケ部は、冬にある全国大会の予選で惜しくも敗退してしまい、3年生が引退して2年の井澤先輩が部長になった。
井澤先輩は羽村の中学の先輩で、その時も部長をやってて、なんか色んなことをしてたらしい。で、今回は部長になって早速日曜の部活を原則休みにした。
すっごいありがたい。
週一日以上の休養日っていうのが、ほんとはルールで決まってて、でもずっと黙殺されてきたんだって。
「体育館寒いから、あったかくしておいでね、佐伯くん」
じゃあね、って手を振って体育館の方向に歩いて行く大きな背中を見送っていると、羽村がオレの髪をササッと撫でた。
「あ、なんか変になってる?」
「ん?ああ、そんなとこ。佐伯は何か飲み物買うの?」
「うん。紅茶買うー」
ホットのストレートティーのボタンを押して、落ちてきたペットボトルをブレザーのポケットに入れた。ポケットを中心にじんわり暖かくなってくる。
「佐伯、もうコート着とけ、寒いから。…で、ほら、これも着てろ」
オレがコートを着たところで、羽村のコートを着せかけられた。コートの上からでも余裕で着られる。
羽村おっきいもんなあ
最初のコメントを投稿しよう!