4 S

1/1
145人が本棚に入れています
本棚に追加
/86ページ

4 S

「はしご登る時気を付けろよ。じゃ、俺着替えてくっから」  もう一度オレの頭を撫でて、羽村は部室棟へ向かった。  オレはコートでもこもこになりながら、まだ人のまばらな冷え冷えの体育館に入った。入口からほど近いはしごを使ってキャットウォークに登る。  一番見やすいお気に入りの場所に立って、足元にカバンを置いた。  ここは窓から外走ってるところも見られる。ちょっとだけど。    ほんとは全部見たい。できることなら追いかけて全部。  …絶対無理だけど。羽村めっちゃ足速いし。  走ってるとこもバスケしてるとこも、羽村はすっごいカッコいい。それこそ時間を忘れて見入っちゃうくらい。 「あー、やっぱいるー、佐伯くん。てかすっごいあったかそうな格好してんね」 「百瀬(ももせ)さん」  百瀬さんはバスケ部見学仲間だ。カラッと明るい女の子で、長く通ってるみたいでバスケ部員にも詳しくて色々教えてくれる。にこにこハキハキしてる子で、なんていうか『敵を作らない距離感が上手い子』だと思う。  そして百瀬さんには、誰かは教えてくれないけどお目当ての先輩がいるんだって。先輩なら全然オッケーだ。 「それ、羽村くんのコートでしょ」 「えっ」 「だって着てるの見たことあるもん」 「あ、そっ、そっか…っ」  そうだよねって思いながら、でもドキドキしてる。 「仲良しだよねぇ」 「え?」 「あ、佐伯くん。みんな入ってきたよ、バスケ部。羽村くんもいるよ」  百瀬さんが下を指差してそう言って、オレも慌てて手摺りを掴んで下を見た。  あっ  羽村がこっちを見上げて軽く手を振ってくれた。  わーい  オレも振り返す。井澤先輩もオレを見上げて、そして羽村に何かコソッと耳打ちした。  何言われたんだろ、羽村。ちょっと井澤先輩を睨んでた。  いつものようにウォーミングアップをしてる間に、徐々にギャラリーが増えてくる。やっぱシュート練習とか実戦練習の方が分かりやすく格好いいから、それぐらいの時間を目指してみんな見に来るんだと思う。  今日も体育館は満員御礼だ。  この中の何人くらいが羽村を見に来てるのかな。  でも羽村はオレのだけどね。  手摺りに肘を突いて、少し肩を窄めて下を見ている。羽村のコートは大きくて手はほとんど出ないし、コートの中に(うず)もれてるみたいになって…。  羽村の匂い、する…  幸せ感倍増だ。  体育館を走る足音。バッシュが床に擦れる音。ドリブルの音。ギャラリーの女の子の歓声。そのたくさんの音の中でも、不思議と羽村の声は聞き分けられた。  そういえば前回ここで羽村を見た時は、まだオレと羽村は友達だった。  だから、羽村への気持ちがバレるのが怖くて、手を振り返すとかもできなかった。  でも今は、視線が合っても手を振っても大丈夫。  羽村はオレの恋人、だから。  ずっと好きだったって言ってくれた。  迷いのないリズムでシュートを決めた羽村がオレを見上げた。  オレから、小さく手を振ってみる。  羽村がニコッと笑った。  途端に周りからキャーッて歓声が上がって、羽村は先輩に肘で(つつ)かれてた。  カッコいいなあって思ってる間に夕方になって、今日の練習は終了した。
/86ページ

最初のコメントを投稿しよう!