亡きあとも美しき少年は鬼に囚われている①

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亡きあとも美しき少年は鬼に囚われている①

俺は死に場所を求め、山奥のある村へと赴いた。 ここには登山者がぼちぼち訪れる穴場の山がある。 上級者むけで、一年に数人が遭難したり、崖から落ちるなどして亡くなるというに、事故に見せかけて自殺するには、ちょうどいいかと。 心の準備をするため、すぐに山には踏みこまず、旅館で一泊。 ベテランの登山者を装いつつ、女中さんに怪しまれないよう「この山で、なにか変った見どころはありますか?」と聞いてみたり。 宿泊客がすくなく、暇らしい女中さんは「ありますあります」と前のめりになりつつ「あ、お客さん、こわいの平気ですか」と質問。 「夜に一人でトイレに行けるくらいには平気ですよ」と軽口を叩けば、笑ってくれたものを、すぐに声を潜めて「じつは・・・」と語りだした。 「ここらへんは昔、凶暴な熊が多くいたそうで。 一年に何十人と殺されていたのだとか。 それでも、村の人は山を離れなかった。 なにせ山が豊かで住みやすく、あまり田畑を耕さなくても、十分に食べていけたから。 なんとか対策をしようにも、その時代に鉄砲はなかったし、矢や刃を跳ねかえすほど熊は頑丈で、お手上げだった。 それがある日、村長が襲われたとき、通りかかった鬼が一ひねりで熊を倒してくれたそうです。 熊の脅威を退けるには、この手しかないと考えた村長は、鬼に懇願をした。 どうか村の近くに住んで、熊から守ってくれないか。 そのお礼に、酒や食べ物など望むものをできるだけ貢ぐので、と。 それだけじゃ足りないと、鬼はさらに要求をした。 年ごろの見目のいい女を一年に一回、差しだせと。 村で話しあった結果、鬼の要求を飲むことに。 そうして、しばらくは鬼に守ってもらって、村は平和でいました。 けど、その年、生贄にする女の子が、よそ者の男とかけおちをしてしまった。 ほかに年ごろで、見目がいいのはいない。 そう言い訳をして、生贄を差しださなければ、鬼は村を見捨てるか、逆上して牙をむくかもしれない。 おそれた村人は、女の子の双子の片割れ、男の子に女装をさせて差しだした。 鬼は生贄を食べるものと、村人は思ったようで。 十四、五の男の子と女の子は、肉体的にあまり差がないから、食べる分にはかまわないだろうと。 そんな浅はかな判断をしたおかげで『よくも男を寄こしたな!』と鬼は激怒して村に襲いかかってきたそうです。 次次と殺されていく村人は逃げまどい、寺に立てこもった。 寺には、旅をするお坊さんが滞在中で『村には世話になったから』と鬼退治に名乗りを上げて。 お経をあげて眠らせると、鬼のねぐらの洞窟まで村人たちにその巨体を運ばせた。 洞窟のなかに鬼を寝かせたら、出入り口に結界を布いて封印。 それから鬼は洞窟に閉じこめられたままで、村は救われたといいます。 でも不安がぬぐえず、村人が行ったところで、洞窟の暗がりに生贄にされた男の子が見えたという。 『生きていたのか』と思わず洞窟に足を踏みこんだら最後、闇に潜む鬼に殺されてしまう・・・。 おそらく男の子は死んだあとも鬼に魂を囚われつづけ、人をおびき寄せるのに利用されているのだろうと、いわれています。 その洞窟が山にはあるんです。 霊感のある人は、今も洞窟に男の子が見えるとか、なんとか」 少年におびき寄せられ、洞窟に一歩踏みいったとたん、怨念まみれの鬼に瞬殺される・・・。 なかなか、おどろおどろしく血なまぐさい話とはいえ、熱心に聞きいってしまい。 「どうせ自殺しにきたのだし」と思えば、こわくもなく、翌日はその洞窟を見に行くことに。 が、昨日、教えてくれた女中が見当たらず、従業員だろう、法被を着たお爺さんに声をかけたら「あまり、おすすめしませんけど」と渋い顔をしつつ、地図に印をつけてくれた。 「結界であるしめ縄を決して踏み越えてはいけませんよ。 あなたの命が危険なだけなく、まわりにも迷惑がかかりますから」 「どうか、これをお持ちになって」とくれたのは、お札。 昨日の女中のミーハーな話しぶりとは打って変わっての、深刻な顔つきや口ぶり。 やや肝が冷えたとはいえ「いや、どうせ死ぬなら鬼に殺されても」と思い直し、でも、一応、お札を胸ポケットにいれて旅館を出発。 三十分くらい山を登り、例の洞窟前に到着。 旅館のお爺さんが教えてくれたとおり、洞窟の入り口をふさぐようにしめ縄が張ら吊りさがっていた。 装備をおろして、軽装になってから、ゆっくりと辺りを見回す。 肝試しにおあつらえむきな伝承がある割には看板や石碑などがなく、殺風景なのが、むしろ物物しいような。 背筋を震わせつつ「まさか、ほんとうに?」と洞窟の暗がりに細めた目をむければ、白い煙のようなのが。 渦巻いて、だんだんと形を成し、果たして、お目見えしたのは白い着物を着た少年。 想像より身長が高く、見覚えのあるような背格好だったに、ついしめ縄を跨いでしまい。 洞窟に踏みこんでも鬼が急襲してくることなく、また一歩踏みだし「坂口」と呼びかけた。 坂口とは、俺が授業をしていたクラスの生徒。 が、ふりかえったのは、もちろん彼でなく、中性的な顔つきと雰囲気をした美麗な少年。 まさに、いいつたえどおりで、つまり、俺は今、鉄砲もなかった大昔に生きていた少年、その亡きあとの、この世のものでない存在と対峙しているわけで。 ただ、あまり実感がなく、坂口と見誤ったことを恥じて「いや、その・・・」と誤魔化そうとしたら。 「坂口というのは、あなたの愛しい人なんだね」 少年がほほ笑んだのに、ひどく胸を打たれて、涙をぽろり。 「そう、そうなんだ・・・」と泣きながら、とめどもなく、なけなしの思いを吐露してしまい。
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