雨降れば悪夢も終わる

8/8

1人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
    「おっ!?」  (やいば)が体に届いた瞬間、私の口から漏れたのは悲鳴ではなく、むしろ歓喜の声だったかもしれない。  事態が進展したから、これで何かわかるかもしれない。そんな期待感を(いだ)いたのだ。  しかしナイフの(やいば)がお(なか)の肉に埋まるや否や、その気持ちも余裕も吹き飛んでしまう。  焼けつくような痛みを感じたからだった。 「おい、どういうことだ!?」  とても夢とは思えないような、ハッキリとした現実感を伴う痛み。  恐怖で体が強張(こわば)るよりも「この場から逃げなければ!」という本能的な衝動が(まさ)って、私は走り出そうとする。  しかし私の腰には男の左腕が回されており、ガッシリと拘束されていた。  男の右手はナイフを握ったまま。いったん深々と抉ってから引き抜き、グサリグサリと何度も私の腹部を刺し続ける。 「……!」  あまりの激痛で、声を上げることすら出来なくなった。  いったい何がどうなっているのか、全く理解できない。これほどの痛みを夢の中で感じるなんて、どう考えても不自然ではないか。  夢の中で刺されたからといって、現実の私が血を流すことはないはず。だから失血死の可能性はないにしても、激痛によるショック死はありえるかもしれない。降雨と尿意の例のように、夢と現実で感覚は微妙にリンクしているのだから。  刺される(たび)にビクンビクンと、自らの鼓動に異常を感じる。それほど強烈な苦痛だった。  今までならば、こうなる前に夢から目覚めていたのに。雨が降り出して、それを契機として終了する夢だったのに。  雨よ降れ。  心の中で叫びながら見上げれば、いつのまにか雲は消え、月と星が明るく(またた)いていた。  雨が降るような空模様ではなく、この悪夢が終わる様子もない。  そして私の体に走る激痛は、ますます勢いを増していく。本当にショックで心臓が止まってしまいそうなくらいに……。 (「雨降れば悪夢も終わる」完)    
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加