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第26話 推しの子
【side しん】
カズと久しぶりにデートをした。洋服を買いに出かけて、電気屋さんのゲームコーナーをウロウロして、アニメイトで推しのグッズを漁る。デートと言っても、カズの行きたいところに僕がついて行くだけなんだけど、それで十分楽しい。一緒に居れるだけでいい。
アニメイトで、カズが推しキャラに一生懸命になっている間、僕はあるわけないのに赤ずきんくんのグッズを探しに回った。グッズなど、作ったことないのだからあるわけない。作ったところで、市場に出回るかどうかも、これまた別物だし。
「作ればいいのにな~。僕買うのに」
いや違う。本当は違う。僕はカズに、赤ずきんくんに、また歌を歌って欲しい。カズは「俺、歌うまくないから」と逃げ腰だけど、全然そんなことないと思うんだよ。僕がカズの声を最大限に活かす曲、作るのに。
「勿体ないな~……」
初めてカズの声を聞いた時、理想的な声だと思ったんだ。好きな声だなぁって。
でも、本人が「歌は苦手」と言うのだから、無理強いは出来ない。
思わずため息だ。
「あ、水玉カノンちゃん。好きですか?」
突然隣で声がしてビックリして振り返ると、カズがニコニコしながら立っていた。
「ビックリさせないでよ!」
「いや~、熱心に見てるから。なに? 次この子に曲提供でもするの?」
「しません! 誰だよ、この子!」
「知らないの~? 今めっちゃ人気出て来てるVチューバー。むっちゃ可愛い声してる」
「僕、そういうの嫌い」
ぴしゃりと言う僕に、カズは目を丸くしてから、ふんわりと微笑んだ。
「そっか」
いや、違う。待って!
「Vチューバー批判じゃないよ!?」
「分かってる、分かってる。作り込んだ声が嫌いってことでしょ?」
「ん……」
だけど、今はそういう作り込んだ The アニメ声 みたいな女性声優が多いのも事実。そして、いちアニオタのカズがここに居るわけで……。
ん……、なんだか、きまずい。
視線を落とす僕に、カズはそっと腕を引っ張った。
「イイモノ見せてあげる。きっと推しになると思うよ?」
絶対ないと思う。
即答しそうになるのを堪えて、手を引かれるまま、僕は雑誌コーナーまでやってきた。
アニメ雑誌がずらりと並んでいる。だけどカズはそれには目もくれず、何かのバックナンバーをひたすら探し、一冊の本を手に取ると、それをパラパラ捲って僕に見せてくれた。
そこには、黒髪の男と、銀髪ロングの男が二人並んで掲載されていた。
「どう、カッコイイ? 推せるでしょ? こういう男、好みでしょ? 違う?」
並んでいた男のうちの、黒髪の方。
「……めっちゃかっこいい……」
小さな小さな本音が、思わず漏れ出る。
「この雑誌買う」
「毎度ありがとうございま~す!」
店員でもないのに、カズはそう言って雑誌を閉じると、僕にそれを手渡した。
「人に言わないでよ、それ? 事務所に許可取ってないから」
「ダメじゃん! 言いなよ!」
「ダメダメ、普通のモデルの仕事が回って来なくなるだろ。それに、そっちで金稼ぐようになったら、大地と組めなくなる。それは無理」
あっさり言われた。
……大地君……、大事にされてるよね……カズに。嫉妬する。
「これは、なんていうアニメのキャラなの?」
「これ、ゲームのキャラなんだよ。今度一緒にゲームする?」
「……する。カズのキャラでする」
ふふっと小さく笑ったカズは僕の嫉妬をまるで見抜いているような優しい手で、ぽんぽんと腕を叩いた。
頭を叩かなかったのは、きっと人目を気にしてだろう。レジに向かうカズを追いかけ、僕はカズの載っている雑誌を大事に抱えた。
僕の推しの子。グッズはないけど、雑誌という媒体にワンチャンあるかもしれないことを知った、休日の昼下がり。
大収穫だ!
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