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 若旦那は仕事でうちの事務所にもよく来ていて、お茶を出しにいった俺のくだらない話を笑顔で聞いて「山野くんは面白いねえ」って笑ってた。おっちゃんはそれを見てやけに嬉しそうに「お前は絶対に気に入られると思ってた。あんなに楽しそうにしてる若旦那は初めて見たよ」って言ってたけど、俺は笑ってる若旦那の顔は、皺をつけたらそのまま社長になるってくらいそっくりだなあって考えてた。  それでおっちゃんに、社長の家にも連れて行ってもらった。おっちゃんの付き添いとはいえ、普通の社員が家に入れるなんて滅多に無いことらしい。社長の家は今度は逆に中心部からさらに離れた場所にあって、山道をぐるぐると上がった場所にぽつんと建てられてた。昔はこの辺りにも村があったけど、みんな不便だから山を降りて今ではこの家くらいしかないらしい。閑静な場所だけど、遊びに行くには不便な場所だなって俺は思ってた。おっちゃんの奥さんがお手伝いさんみたいな感じで働いてて、おっちゃんもよく社長の家に何かと助けにいってるんだって、移動中の車内で聞かされた。  社長の家は本当に大きくて、門と玄関の間がバカみたいに長くてさ、その間に池とかゴルフするところまであって、俺、歩きながら口がずっと開いたままだったよ。家の中にも入れてもらったけど、リビングなんて俺の住んでるアパートの部屋がすっぽり四つは入るなって思った。  社長と社長夫人は、この玄関は大昔に名大工に作ってもらったこだわりの設計なんだとか、リビングに置かれた年季の入ったストーブは代々受け継いでいるものなんだとかいちいち説明してくれて。それを聞きながら俺は、この家の人は本当に自分の家が好きなんだなって思ってた。あらゆる場所に、三人で映ってる家族写真が飾られてたし。  しかし俺が興味があるのは家なんかより車よ。カーポートも立派だし高級車が何台も停まってた。俺が目を輝かせながら「良いなあ良いなあ」って犬みたいにくるくるしてたら、若旦那は笑いながら「プライベートでは遠出しないからあんまり使わないんだけどね」って言ってた。その時俺は、家族みんな仲良さそうなのに家族旅行とか行かないのかなって思った。
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