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 その時点での笹原先輩は相変わらずあんまり喋ってくれなかったから、最初は正直上手くやっていけるのかな〜って俺は不安に思っていた。正反対のタイプ過ぎて嫌われてるような気がしてたし、俺はただでさえ頭が良くないから、徹底的にしごかれるんじゃないかって。  しかし実際には、笹原先輩はクソ馬鹿の俺にも分かるくらい、仕事を丁寧に丁寧に教えてくれた。ライン作業は時間に追われてるから気合と体力で乗り切ってたけど、そもそも俺はメモが取れなくていつも軽くパニくってぐちゃぐちゃになって、後から自分で読み返しても意味が分からなかったんだ。  だから笹原先輩が俺が書くのに合わせてゆっくり喋ってくれたり、俺が書いたメモを後から一緒に見て大事な部分が抜けてるのを指摘してくれたりしたおかげで、バカな俺でも何とか一個ずつ仕事を覚えていくことができた。  あと笹原先輩はすごく人のことを見てて、小まめに褒める。他の人は、普通はできて当たり前のことだからかもしれないけど、あんまり他人を褒めてない。でも笹原先輩は俺が何か一つでも出来るたびに「すごいね」って言ってくれた。前の会社では何か一つでも間違えた瞬間に上司にめちゃくちゃ怒鳴られて椅子を蹴られてたから、俺は本当に嬉しかった。あと笹原先輩によると、それはパワハラでアウトらしい。そんなこと知らなかった。父さんが家にいた時もヘマしたらいつも殴られてたし、俺が生まれつきグズだから悪いのかと思ってた。  そのうち俺は、何だか自分に対して「やればできるじゃん」ってなって自信がついてきた。そしてさらに笹原先輩に尊敬の念を抱いていた。だって人に教えるって、その仕事の内容をきちんと理解してないとできないはずだ。実際に笹原先輩が持ってる自分のメモにはびっちりと仕事の内容が書き込まれてたし。だから先輩を見習いたくて、俺も笹原先輩の仕事を口に出して正直に褒めてた。仕事を教えるのが上手だとか、相手の立場になって説明できるとか。  そうすると笹原先輩は「別に普通だし」って言いながらも顔を赤くしてた。その瞬間確かに俺の心はドキンとしたけど、まだその時点ではよく分かってなかったと思う。
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