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振り返ると真弥はもういなかった。 俺はとりあえず駅の方に向かって走った。 改札を抜けると後ろ姿を見つけて、同じ電車に乗ったのはいいが混雑してて近寄れない。 彼が降りるのを見て慌てて追いかけた。 追い付いた瞬間、口から出たのは 「また逃げるのか?」 だった。 それから俺は真弥の家に上がり込み、昔のように彼の淹れた極上のコーヒーを飲んだ。 そして切り出した。 「で、何か言い訳は?何でも聞いてやるよ。5年も待ったんだから。」 「待たなくて良かったのに。」 「なら、なんで俺に何も言わせてくれなかったんだよ。」 「それは、」 「何でも一人で勝手に決めやがって。ついてこいって言われたらついていったのに。」 「言えるわけないだろ。」 「俺がお前と違うから?何がどう違うの?」 「だってお前は、お前は結婚の可能性だってあるじゃないか。」 「なんで?」 「お前は生まれつきゲイじゃないから。」 「じゃあ俺が生まれつきゲイなら別れずに済んだってこと?馬鹿らし。そんなのに早いも遅いもあんのかよ。大体お前に抱かれた時点でノンケとしての俺の人生は終わってるんだよ。」 捲し立てる言葉に唖然として彼は黙ってしまった。 俺は彼が去った後、しばらく何も考えられなかった。 子供みたいに永遠を信じてたし、何も変わらない未来を見てた。 だからそうじゃない今を受け入れることができなかった。 ゲイバーに行ってみたり、そこで声をかけてきた男の人とホテルに行ってみたり。 でも結局、俺は誰とも関係を持てなかった。 俺は男を好きになった訳じゃない。 俺が好きになったのは真弥だ。 そのことに気付いてから余計に苦しくなった。 「お前は男だったら誰でもいいのか?誰でも好きになれるのかよ。」 「そんなことない。」 「じゃあ俺とお前、一体何が違うの?」 「...俺は怖かっただけだ。いつかお前が俺より大切なものを選ぶんじゃないかって。」 「親とか家族とか?」 「うん。」 「確かに去年の正月に親族が集まったとき、結婚はしないのか?子供はどうするんだ?とか言われたけど、ちゃんと言ったよ。俺は結婚もできない。子供も作れない。好きになった相手が男だったからだって。後は妹と弟に託して帰ってきた。」 「え?」 「俺が大切なのはお前でも家族でもない。自分だ。だから俺は俺の思うようにする。お前は10年も一緒にいて俺って人間が分かってない。そして俺もお前がここまでバカだってことに気付いてなかった。」 「お前ってそんな感じだっけ?」 「そりゃ5年も経てば図太くも強くもなるわ。俺をここまでにしたのはお前だからな。」 「なにそれ。」 「自分ばっか好きだと思うなよ。」 俺が笑うと彼が泣いた。 35にもなってなにやってんだろ、と思いながらも悪くはなかった。 それからの俺たちはまた同棲を始めた。 お互い仕事である程度の地位にいるため、忙しくてなかなか二人でゆっくりする時間はないが、たまに晩酌をしながら5年間の旅の思い出を語り合った。 イギリス人に一目惚れした話をウキウキしながら話してる姿には腹が立ったけど。 「お前は?誰とも付き合わなかったの?」 と聞かれ、悔しいから 「ゲイバーでモテすぎて大変だったよ。体がいくつあっても足りなくて。」 と嘘ついたら分かりやすく拗ねた。 「でも誰とも寝なかったし、付き合わなかった。そんなことしたら無かったことになるような気がして。」 俺は5年間、思い出の中に潜り込んで息をしていた。 さよならなんてなかったことにした。 いつか真弥は自分のところに帰ってくると思い込みたかった。 「俺は無かったことにしたくて忘れようと必死だった。だけど誰も拓未の代わりにはなれないし、ならなかった。」 「だろうな。俺みたいな奴俺しかいないから。」 「お前ってそんな性格だっけ?出会った頃は大人しくて全然喋らなかったのに。」 「出会った頃はお前のこと疑ってたから。お前みたいな陽キャが陰キャな俺に近づいてくるなんて裏があるに違いないって思ってたし。」 「陰キャ、か。まぁそうか。でも俺にはお前が楽しそうに見えたけど。いつも一人で自由で。」 「俺はお前が羨ましかった。いつも人に囲まれてて楽しそうで。」 「無い物ねだりか。」 「だから惹かれたんだろ。」 俺たちは何度も重なりながら、何度も離れる。 抱き締めあった瞬間に溢れるものが愛だと確信できなくても、また別の道を歩くことになっても、俺たちは同じ場所でまた出会うだろう。 そして言うんだ。 また会えたね。
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