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未だに心を締め付ける。 そんな思い出がある。 彼はさよならを言わずに去っていった。 もう5年も経つのに昨日のように思い出す。 最後に言った言葉は 「俺たちは結局分かり合えない。」 だった。 そう言って悲しげに笑った。 出会った頃の俺たちはまだ高校生。 彼は所謂人気グループの中心にいて、俺は図書館で一人本を読んでた。 そんな真逆な二人の共通点は音楽だった。 俺が落としたCDを拾った彼が 「え?これお前の?」 と聞いてきた。 「うん。」 「俺も好きなんだよ。めちゃくちゃコアなバンドだから知ってる奴いなくて。好きなの?」 「うん。」 「今度のライブ、いく?」 「うん。いく。」 「俺も行くんだよ。会場で会えたらいいな。」 一瞬、一緒に行こうって言われたらどうしようって思った自分が恥ずかしくなった。 結局、ライブ会場で彼と会うことはなかった。 ホッとしたような残念なような、複雑な気持ちで帰宅した。 次の日、彼は休みだった。 彼を囲ってた人たちが、 「あいつの父親、亡くなったらしいよ。」 と話してるのが聞こえた。 何日か後に学校に来た彼はいつものように笑っていた。 でも俺には笑ってるように見えなかった。 放課後、図書室で本を読んでると彼が隣に座ってきて、 「ライブ、よかった?」と聞いてきた。 「うん。」 「行きたかったなぁ。マジ、親父死ぬタイミング悪すぎ。」 「そんな言い方、」 彼の方を向くと、彼は泣いていた。 目にたまっていく涙が溢れては溢れ落ちる。 俺はハンカチを渡し、なにも言わず本を読み続けた。 それから俺たちは少しずつ話すようになった。 CDを貸し合ったり、まるで友達のようだった。 が、それは放課後だけで教室の中ではお互い知らないフリ。 誰にも詮索されたくなかったからだ。 夏休み、初めて二人で買い物に行った。 駅で待ち合わせして電車に乗って、彼の行きつけのCD屋さんに向かった。 「このバンドもオススメ。」 と目をキラキラさせながら俺に手渡してくる。 こうしてると、彼も普通なんだなと思った。 こんな俺といて楽しいんだろうか? と何度も思ったりしたけど、彼を知っていくと自分とそんなに変わらないんだなと安心した。 高校を卒業するまで俺たちはそんな関係性を保った。 大学は別々だったけど、たまに会って近況報告しあっていた。 大学卒業して、社会人になってからは一人暮らしの俺の家に入り浸るようになった。 「もうここに引っ越したら?」 と軽く言ったら次の日本当に荷物を持ちこんできた。 「いつ言ってくれるか待ってた。」 「何か負けた気分。」 「これからよろしくな、真弥。」 「女の子連れ込んだら速攻追い出すからな。」 そうは言ったが、高校時代から今まで彼から女性の話を聞いたことはなかった。 友達は多かったし、モテる方だったが、彼はそういうことに興味がなさそうだった。 俺は就職して一年後、同期の子に告白されて初めて彼女ができた。 彼が家に連れてこい、俺に紹介しろとしつこいから会わせたが、何故か彼はコンビニに言ってくると言って帰ってこなかった。 気を遣ってくれたのか。 その時はそう思ったが、本当は違った。 真実を知ったのは二年後、彼女に振られた日だった。 「振られた。」 家に帰るなり、彼にそう報告すると 「なんで?」 と怒った口調で聞かれた。 「他に好きな奴ができたんだって。」 「なにそれ。」 「まぁ、負けたってことだよ。」 俺が冗談ぽく流そうとしたのに彼は怒っていた。 「なんでお前が怒るんだよ。」 「怒るだろ。大切な人が傷つけられたら誰だって!」 「それはありがたいけど。まぁ、もういいんだよ。飲もうぜ。」 「いいことないだろ。」 「いいんだよ。」 「なんで、」 「俺もそんなに好きじゃなかったから。」 「え?」 「告られて悪い気がしなかったから付き合っただけで。だからいいんだ。」 「、なんだよそれ。お前らしくない。」 「俺らしいってなに?」 「人の気持ちに敏感で、優しくて、誰も傷つけない、それがお前だろ。知ってるよ。だって、ずっと」 そこで彼は言葉をつまらせた。 俯いてなにも言えなくなった。 「ありがとうな、拓未。」 そう言って彼の肩に触れるとやっと顔を上げた。 初めて見る顔。 「ずっと好きだった。好きで好きでどうしようもないほど。」 俺はメデューサに睨まれたみたいに動けなくなって思考停止した。 「ごめんな。」 彼はそう言って家を出ていった。 追いかけても何を言ったらいいか分からない。 でも謝られることじゃない。 ただ予想外のパンチを食らった俺はその夜眠れなかった。 朝の光が差してきて少しだけ冷静さを取り戻し、彼を探しに出掛けた。 電話してもでないし、どこに行ったかも分からない。 色々回ったが疲れはてて家に帰ってきた。 すると彼はいびきをかいて寝てた。 「なんだよ。帰ってんのかよ。」 ホッとして彼の横で眠りについてしまった。 目が覚めたら、部屋は真っ暗でぼんやり彼がベランダにいるのが見えた。 「拓未。」 「俺でてくから。」 「でてかなくていいよ。」 「気持ち悪いだろ。」 「気持ち悪いなんて思わない。」 「でもお前を好きな俺はいなくならないぞ。いいのか?」 「いいよ。」 「寝てる間にキスするかもよ?」 「寝てる間なら分かんないし。」 「分かんなかったらいいのかよ。」 「減るもんじゃなし。」 「バカじゃね。」 「お前もな。」 俺たちは変わらず過ごした。 告白なんてなかったかのように、今まで通りだった。 そんな日々が一年ほど続いたある日。 俺は営業先から帰る途中、彼を見かけた。 そういえば今日休みって言ってたな。 そう思いながら目で追っかけてると、背の高いイケメンが登場した。 そのイケメンは彼を見つけるなり笑顔で駆け寄り抱きついた。 その先の光景を俺は見ることができなかった。 目をそらしてしまった。 そのことについて話すこともなかった。 彼が俺だけをずっと思い続けてると? とんだ自惚れだ。 俺はなにも返さないのに。 彼に恋人がいたってなにも不思議じゃない。 それに俺が知らないだけで今までだって彼には、 そう考えると止まらなくなった。 友達が誰とどこで何してようと関係ないじゃないか。 「真弥?」 「え?」 「俺、出掛けてくるね。」 「誰と?」 とっさに聞いてしまった。 「いや、ごめん。いってらっしゃい。」 「いってきます。」 妙に嬉しそうに出掛けていく彼の後ろ姿を複雑な思いで見送った。 彼の誕生日、俺は料理を作って、ケーキを買って、プレゼントも用意して待ってた。 が、彼が帰ってきたのは夜中だった。 ベロンベロンに酔っぱらってバラの花束を抱えて帰ってきた。 「ごめん、起こした?」 「いや。」 「もしかして、待っててくれてた?」 「待ってないよ。」 「料理用意してくれてたのか。ごめん。」 「気にすんな。別にお前のためにやったわけじゃないし。」 「なんか、怒ってる?」 怒ってない、と言い返せなかった。 「マジでごめん。今から食べるよ。」 「いいよ。もう遅いから。」 「いや、申し訳ないから。」 「申し訳ないとかで食べてほしくないから!」 つい怒鳴ってしまった。 「なに?なんかあった?」 「ごめん。俺の問題だから大丈夫。」 「なんだよ、話してみろよ。」 「いいよ。お前、もう俺のことなんか何とも思ってないんだろ?」 ついに言ってしまった。 すぐに後悔したが後の祭り。 彼は俺が言った言葉の意味を解釈しようと必死だった。 「何とも思ってないはずないだろ。俺、ちゃんと言ったじゃん。」 「だってあんなの一年も前のことだし。」 「一年、たった一年で消える気持ちじゃないよ。なに言ってんの。俺の気持ち、軽く見んなよ。」 「じゃああの背の高いイケメンは?」 「誰それ?イケメン?お前以上にイケメンなんているの?」 そう言って笑った彼の唇を塞いだ。 俺は好きじゃない。 そう何度も言い聞かそうとしてきたけど全部無駄だった。 いつ、どこで、何時何分何秒、俺は彼を好きになったんだろう? そんな答えは一向に見つからない。 「なに?」 「誕生日おめでとう。」 「お祝いのキス?」 「さっきのはそう、で、これは」 もう一度キスをした。 何か分かんないけど、もうごちゃごちゃ考えるのめんどくさい。 これでいいんだ。 「これは俺も好きっていうキス。」 「なにそれ。」 「足りない?」 「全然足りない。」 それが俺たちの始まりだった。
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