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「うわっ!何その派手なデザイン!毒持ってる蛙みたい…」 「は?何その例え!酷くない?いいもーん!蛙も好きだから!ね〜?くるみ!」 夕食後にリビングで新しく買ったスマートフォンケースを見つめながらニヤニヤしていると妹の穂波(ほなみ)が容赦ないコメントをするから、あたしは同意を求めるように愛犬に視線を向けたけれど、くるみはドッグフードに夢中だった。 あたしが掛け持ちで推している男性アイドル二人のイメージカラー、黄色と水色が両方使われていたしハイブランドのロゴによく似ていたから一目惚れして買って来たのに、よりによって毒蛙だなんて。あたしも穂波も動物は好きだけど、深海魚とか絶滅危惧種とか、ちょっと特殊な生き物については穂波の方が詳しい。 それは分かっていたけれど、まさかと思ってケースだけ新しくなったスマートフォンで『カエル 毒』と検索してみて後悔した。確かにそう見えなくもなかったから。さすが穂波だ。 あたしは「うっ」と言いそうになるのを堪えてハイブランドと推し色の奇跡的なコラボレーションだと言い聞かせながら検索画面を閉じた。 デザートの西瓜を食べ終えてから自分の部屋で授業でやったところの復習をしていると阿部くんからメッセージが届いた。告白の後、個人的に送信していいか聞かれたんだっけ。 『今日はありがとう。嬉しかった』 『また明日ね』 メッセージが来たことは嬉しかったし彼氏ができたらやってみたいこともあったあたしは、どう返信しようか、あれこれ考えたけれど結局『うん』としか送れなかった。 それでも大抵、最初のうちはうまくいく。阿部くんは翌日から急に態度を変えるようなことはなかったし、話し方も柔らかいから、彼は大丈夫かもって思い始めた、そんな時だった。 梅雨時なこともあってか、その日は下校時刻が近づくにつれて雲行きがどんどん怪しくなっていった。阿部くんを信じてみたい気持ちから、あたしは自然と願っていた。帰る時、雨が降っていますようにって。 そう願ったからか帰る頃には土砂降りだった。さらに願いが通じたのか下駄箱で阿部くんと一緒になった。あたしは折り畳み傘を持っている右手を背中に回して声を掛けた。 「……あの。阿部くん。阿部くんの傘に入れてもらってもいいかな?」 阿部くんはあたしの背中からはみ出している傘をちらりと見た。彼は何て答えるだろう。 「……いいけど」 「ありがとう」 あたしは精一杯、いつもと同じトーンでお礼を言ったけれど内心は嬉しくて堪らなかった。本当のあたしは全然クールなんかじゃない。相合傘とか恋人繋ぎとか、そういうベタなことをしたいと思っているし、部屋は推し色でいっぱい。そういう女だ。 傘に入れてもらったあたしはスキップしたい気持ちを抑えて静かに伝えた。 「…ありがとう。彼氏と相合傘して下校するの憧れてたの」 「したこと、ないの?」 「うん」 「そうなんだ」 ざあざあと雨が降る中、小さな傘の中で二人きり。会話が途切れてしまった。どうしよう。どうしよう。推しの話ならいくらでもできるけど、それは――あたしが何とか繋ごうと「あの」と言った時だった。 「蛙石さんて、水色が好きなの?」 「え?あ、ああうん。まぁ…」 あたしは必死で我慢していた。せっかくここまで来たんだから。だけど。 「どうして?」 阿部くんは優しく爆弾を投げてきた。違う話をすれば、結果は違っていたのかもしれない。でもスキップをしたいほど浮かれていたあたしには無理だった。 「えっと…実はね?」 何をどれくらい話したんだろう。気づいたら阿部くんはいなくなっていて、あたしは一人、自分の折り畳み傘を差して立っていた。 「あーあ……またか。まぁ、今回は長続きしたほうかな」 あたしの小さな呟きを掻き消すほど、雨はざあざあと喚き続けている。
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