0人が本棚に入れています
本棚に追加
次の日の夜、イカロスは砂浜を歩いていた。今日はいつもより暗くなるのが遅くイカロスに少しだけ暇な時間が出来たのだ。
「今日もするんだよな」
突然話しかけられ慌てて振り返る
「ホルス......」
「その、なんで失敗すると思う?お前の挑戦」
散歩中に突然呼んで更に急に質問してくるか、イカロスは問いを考え結論を出した。
「やっぱ翼なんじゃないの...」
「いいや違う、その翼は関係ない」
「じゃあ何?答え教えてくれよ」
交わる目と目、ホルスは静かに口を開いた。
「一人でやろうとするからなんじゃないのか?」
「え...?」
「いままでずっと自分の力で月まで行こうとしているけど結局まだ一度も行けてない。なんで頼ってくれない?なんで自分から独りになろうとする?」
イカロスは混乱する、ホルスのその問いは悲しみを帯びているようだった。
「...ごめん、でもこれは俺の挑戦でホルスも他の仲間も迷惑をかける訳にはいかないし」
ホルスは言葉を考えたあと慎重に話を続ける。
「昔イカロスが俺に月まで行って翼が足りなくても夢は叶えられることを証明するって宣言してたとき、すごいかっこいいと思った。こんな奴と友達になれて幸せだとすら本気で思ったよ」
「...」
「でもそれからお前は月への執念にしがみつくあまり俺らとの関係も薄くなってしまったし他の奴らもお前を笑って仲間内から出ていってしまったよ、俺は本気で悲しかった。イカロスが全然話しかけて来なくなったことも、友達だと思っていたヤツらがイカロスを陰で笑っていたことも」
「ごめん...」
「だからさ」
ホルスの声が大きくなる、その目は必死に何かを伝えようとしていた。
「次飛ぶ時は俺を呼べよ、コツぐらい教えられる」
イカロスはその言葉に驚いた。ずっと月しか見ていなかった彼にとってホルスの願いはあまりにも新鮮で、でも何よりも嬉しかった。しかしイカロスはその提案に首を横に振った。
「ごめん、ありがとう。でも今更手伝って貰いなんて出来ないよ、、、気持ちだけ受け取らさせてくれ」
ホルスは何も言い返さない。
「...もうだいぶ暗くなってきたね、灯台に明かりを灯さなければいけない、...挑戦もしなければいけない」
「イカロス...」
「また見ていてくれよ、今日こそ成功させるから」
そう言いながらイカロスは灯台に入っていった。ホルスはいつの間にかイカロスと砂浜から灯台の前まで移動していたことに今気づいた。
「...今日こそは絶対に行く」
あれから少し時間がたち、イカロスはまた屋上に立っていた。空もまた暗く月が雲の隙間から顔を出している。
「...っ!」
間髪を入れずに飛び立った。いつもより踏み込みに力が入ったのか足爪が少し痛む。
「30m突破...今日こそ必ず行くんだ」
光の矢のように、上へ上へと突き進んでいったイカロスだったが50mを突破したとき身体に異変が起こった。
「いたっ!背中が...昨日海に身体を打ち付けた時の当たりどころが悪かったのか...?」
イカロスの身体はそのまままた仰向けになり落下していく。
「今日もだめだった...ホルスに合わせる顔がないや...」
憧れては羨んで、恨んでは未来に縋った。でも、それでも月にはまだ届かないみたいだ。イカロスは目を瞑り墜落を待つ...が中々衝撃が起きない。
「え...」
ゆっくりと目を開けると目の前に見慣れた赤茶色の背中が見えた。
「だから頼れって言っただろうが、行くぞ、月まで」
その声は誰よりも凛々しく誰よりも覚悟に満ちていた。
「ホルス...助けてくれたんだね」
「今日だけだぞ、今日でお前の挑戦は終わるからな」
ホルスはイカロスを乗せたまま雲を突き抜け未知の上空へと舞い上がる。
「綺麗...月がこんなに近くみえるなんて」
イカロスの目の前には大きな月が顔を出していた。よく見ると今までには見えなかった凸凹が月に付いているのが見てわかる。
「俺もこんな景色初めて見たよ、ここまで飛んだのも初めてだ」
ホルスがおもむろに言う。
「それは意外だな...ありがとう...乗せてくれて、友達だとまだ思ってくれて」
「...まだまだ上まで行くぞしがみついていろ」
2匹の鳥は更に高度をあげ月を追いかけていく。きっと暫くはいつもの空には戻ってこないだろう。彼らの共鳴した心はどこまでもどこまでも今日の空を2匹の色で染め上げていく。
地上から見えた燃え上がるような線を残しながら上昇していく二つの星はついにその姿を大きな雲の影に入り、見えなくなっていった。
最初のコメントを投稿しよう!