2人が本棚に入れています
本棚に追加
菅野に食事を誘われた僕は二つ返事で了承し、職安を後にした。
確かに今の僕は意気消沈しているし、正直帰りたい気持ちでいっぱいではあるが、ここで断ればまた退屈な日常が待っているだけだ。
「これが俺の車だから乗ってよ」
職安から2分程歩いた先にある駐車場にいくと菅野は数ある中でも相当に綺麗な車の前で足を止め、そう僕に言った。
「え?コレ、菅野の車なの?」
「もしかして土足禁止だったりする?」
僕がそう言うのも無理はない。目の前にある白い菅野の愛車は燦々と照りつける太陽の日差しを浴びながらピカピカと眩い新車の輝きを放っていた。高校を卒業して少し経った社会人が到底買えるものでは無い車だと思ったが、聞くと一部の頭金は払ったものの残りはローンを組んで月々払っているのだという。
ローンの支払いは確かに辛いが、その分車に対する愛情もひとしおの様で、気になるとすぐに洗車しているのだとか。僕はその話を聞きながら菅野は勝ち組なんだなぁと心の中で思い、先程二つ返事で了承した事を少し後悔していた。
「ああ、土足禁止では無いから気にしないで」
焦点が定まっていないであろう僕の視線を捉えながら、菅野が先程の質問に答えた。菅野はそうは言ってくれたが、僕だってさすがに気にする。
僕は少し薄汚れた靴の裏を駐車場のアスファルトにこれでもかという程に擦り付けると
「んじゃ、お邪魔しまーす」
と、何も気にしていない様に装いながら彼の愛車に乗り込んだ。
乗り込んだ彼の車は外装だけでなく内装も高級感が漂っており、綺麗に片付けられていた。ふかふかの椅子に腰掛けると僕の鼻孔をすっきりとした香りが通り抜けた。
「座り心地は良いし、何かいい匂いするね車の中」
僕は感じた事を素直に彼に伝えると、彼は照れ臭そうに
「ああ、スカッシュの香りだよ。好きなんだよね」
と言った。僕は彼の返事を聞きながら、そういえば最近香水つけていないなぁ・・・等と考えながら青くライトアップされた自分の足元を見つめていた。
少し車を走らせながら今晩の食事について話を進め、僕達は近くにあるファストフード店に行くことにした。僕の家から遠い事もあり、わざわざ来るのも億劫に感じていたので、そういえばココも暫く来ていないなと思いながら、降りる為にシートベルトを外そうとしている僕に
「店の中混んでそうだし、ドライブスルーにして車で食べない?」
と、彼が言い出した。先程まであんなに愛車の大切さについて語っていた彼から車の中で食事をするという言葉が発せられる事に驚きはしたが、なるほど確かに店の周りには客と思しき人達が群れのようになっている。ファストフード店に人が集まりがちなのは田舎特有の景色だろうか。僕は考える事もなく提案を素直に受け入れると車はドライブスルーに進入した。
「ご注文をお伺いいたします」
目の前にあるスピーカーから少し年齢を感じる女性の声が聞こえ、
「大平は何頼む?」
と聞いてきたので、少し悩む素振りを見せながら
「じゃあ、てりやきバーガーのセットで。」
と答えると、菅野はてりやきバーガーのセットを2つ下さいとスピーカーに向かって喋っていた。
「かしこまりました、少々お待ち下さい」
無言になったスピーカーを他所に、僕は古びた財布を取り出し食事代を払おうとしたが、彼はそれを断った。
後に聞いた話では彼はあの時に恩を売っておこうと思っていたと答えたが、当時の僕は恩を売られる様な価値も無い生活をしていたので彼なりの優しさだったのだろうと思う。
そんな彼の真意も知らずに僕は菅野はやっぱり勝ち組なんだ!勝ち組の余裕すげぇ!勝ち組、勝ち組!と自分本位な評価を幾重にも重ねながら、他人の愛車とはいえ立派な車に乗っている自分に対しても日常とは違うと感じ、優越感に浸っていた。
最初のコメントを投稿しよう!