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目覚め
ジリリリリリリリリ・・・
これは毎日の日課だ。朝はいつもこの目覚ましの音で目が覚める。
実際には完全には目は覚めていないので、布団の中から腕だけをモゾモゾと音の鳴る方へ伸ばして、掌を何度も上下に動かしているだけなのだが。
何度も同じ動きをしている内に先程からけたたましく鳴り響く音が止んだことを感じると、今日も一日が始まるのだと実感する。
音が鳴り止んでからどのくらいの時間が経過しただろうか。
先程とは打って変わって静かになった目覚し時計だったものを視認すると、
9時47分と表示されている。僕は目覚まし時計のアラームを毎日8時に設定しているのだが、なるほど、あれから2時間近く経過してしまったのか。
少しカビくさい愛用の布団から抜け出し、枕元にあった煙草とライターに手を伸ばし煙草の箱から1本取り出すとソレを口に運んだ。
口に咥えたタバコにライターの火を近づけ、数回息を吸い込むとタバコの先端が赤く光りだす。口の中に苦味を感じた後で思いっきり煙を吸い込んだ僕は、
今日も一日が始まってしまったなぁ、等と思いながら吸い込んだ煙を無気力に吐き出していた。
僕は工業高校に通っていたが、特にやりたい事も定まっておらず卒業間際になんとか採用された近くの工場に勤務していた。
ただひたすらに流れてくる小さな鉄板を左手で手繰り寄せ、目の前のボール盤にセットしたらボタンを押す。すると、セットした鉄板に向かって機械の横から油が流れてきて、上からドリルが鉄板に向かって落ちていく。ドリルが上に戻されると先程セットした鉄板に穴が開いているので、穴の位置が正しく開けられている事を確認し鉄板を外したら右手でコンベアに流す。
毎日この作業の繰り返し。僕は就職して2週間目には嫌気が差していた。
僕が嫌気を感じてから退職の話を上司に切り出すまではそう時間が掛からなかった。大きな工場でもなかった為か新入社員も少なく、僕が辞める意志を伝えると上司は会社の上層部にまで話を拡げ、僕は会議室に呼び出された。
なぜ就職したばかりで辞めるのか、今後はどうするつもりなのか、将来はこんな事をさせたいと思っている等の話を1時間程されたが、僕の心はすでに冷めきっており回答も適当な事を並び立てたのを覚えている。会議室を出ると仕事をする気も起きず、そのまま退職する運びとなった。
会議室で話した内容自体は覚えていないのだが、唯一覚えている事として
「君は死んだ魚の様な目をしているね」
だった。退職する際に浴びせられたその言葉に当時は怒りすら覚えたが、今思うと言い得て妙だなと酷く納得してしまっている自分がいる事に気付かされる。
仕事を辞めた今では毎朝目覚まし時計で起きる必要性も感じないのだが、
僕の性格では日常の生活に支障が出る事は承知していたので、規則正しい生活を心掛けて次の就職先を探そうと思っていた。ただ、最近では日に日に起きるまでの時間が伸びてきており、早速クズな部分が見えてきたなぁと焦燥感を感じながらも退屈な毎日を過ごしていた。
タバコを吸い終えた僕は部屋の扉を開け、階段を一段、また一段と降りていく。ギシッ、ギシッと階段の軋む音を聞きながら1階にある扉まで行き寝ぼけ眼で扉のノブに手を掛ける。ギギギ・・・という音と共に扉が開き、目の前に用意された簡素なスリッパに履き替えトイレを済ます。
その足で洗面所に向かって顔を洗い、使い古された歯ブラシを手にすると面倒臭さを全面に押し出すかのように荒っぽく歯磨きをする。
いつものルーティンだ。
2階に戻った僕は着替えを済まし、朝ごはんも食べずに外に出た。
この地域は風が強く、外に出るとだらしなく伸びた髪が右へ左へと鬱陶しいくらいになびく。
そんな向かい風を受けながら辿り着いた先はハローワーク、通称「職安」と言われている場所だ。職安に入った僕は掲示されている求人票に目を通した。
代わり映えしないな、と思いながらも貼り出された求人票を見終えると入り口付近にある喫煙所に向かい煙草を取り出す。
煙草の箱の上の方をトントンと手慣れたような手付きで叩き、1本だけ顔を見せたタバコを口に咥えると火を付けて吸い始める。
「今日も収穫ゼロかな・・・」等と虚無感に襲われたような気分に浸りながらタバコを吸い終えた僕は、同じ事の繰り返しが嫌になって辞めたはずなのになんとも皮肉なものだなと感じながら職安の自動扉を抜けて外に出る。そのまま家に帰宅してダラダラと無駄な1日を過ごすのが習慣になってしまっており、今日もそのはずだった。
「あれ?大平じゃん!」
急に目の前から来る人物に名前を呼ばれた僕は目を凝らして相手の顔を覗き込んだ。
「もしかして、菅野?」
確かに面影はあった。細身の体に小綺麗な格好をしながらさっきまで僕がいた職安に向かってくるその人物は中学生時代の友人だった菅野であった。
今にして思えば、この日をきっかけに僕の人生は大きく変化していった様な気がしている。
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