道を尋ねる勇気に敬意を払う

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道を尋ねる勇気に敬意を払う

「あの、すいません」 街の雑踏の中で何者かに呼び止められた私は頭の中で「またかよ」と思いながらくるりと振り向いた。 私を呼び止めたのは老婆だった。渋めのアースカラーで僅かに花柄模様の縫い込まれた呉服を纏う老婆であった。老婆はもう腰が曲がる年齢なのか、私を見上げていた。 「あの? 何か?」 私がこう言うと、老婆は安堵したような柔和な表情となった。 「すいません、道をお尋ねしたいのですが」 老婆がこう言った瞬間、私は一瞬だけイラッとした。心の中では「またかよ」と言いながら舌打ちを放っていた。 しかし、それを表情に出すことは社会人、いや人としてあってはならないことだ。 私は偽りの笑顔を向けて対応するのであった。 「はい、どちらまででしょうか」 「映画館までの道をお教え願いたいのですが。中央シネマシアターという映画館なのですが」 中央シネマシアターなら私もよく通っている映画館である。私の暮らす地域では一番大きなシネマコンプレックスだ。当然、道は知っている。 「はいはい、えっとですね。ここから真っ直ぐ行って信号渡った先にあるビルの七階ですよ」 「ああ、左様ですか。ありがとうございます」 老婆は私にペコリと礼をした後、ゆっくりと歩きながら先述の信号前に立ち、信号待ちをするのであった。
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