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私は自分の今までの人生を振り返ってみた。彼と恋人関係だったこともある。毎回ではない。彼が必ず死ぬとわかってからは避けるようになった。最近彼の恋人になったのがいつだったかはもう覚えていなかった。
「いっそ出会わなければいいのにと思うのに、必ず困った彼に出会ってしまうんです」
「それは……やっかいですね」
「でしょう?」
「それで、いつもどうするんですか?」
「どうせいつも助けられないので、最近は距離を取るようにしています」
彼はふんふんと頷いた。私が至極曖昧で、わけのわからないこと言っても馬鹿にすることなく、真剣に耳を傾けてくれた。
「なぜ、離れるんですか?」
「助けられないからです。何度も何度も試みたんですが、やっぱり無理でした。どうせ助けられないならと、それからは距離を取るようにしているんです」
「一度も助けられなかった?」
「はい、一度も」
彼は、街中から見えるビルとビルの隙間に浮かんだ星を見上げているようだった。
「どうせ助けられないなら……」
「はい」
「側にいたらどうでしょうか」
「え?」
「だってそうでしょう?何をしても助けられなかったのなら、ずっと側にいて一緒に困ったらいいじゃないですか。それで解決にはなりませんが、一人で困るより二人で困ったほうが心強くないでしょうか。ほら、今さっきだって一緒にメガネ探してくれましたよね」
「はぁ……」
どういうことイマイチよくわからなかった。
「私の場合はたまたまメガネを見つけてもらえましたが、別に見つからなくてもよかったんです。いや、見つかってうれしかったですよ?でもたとえ見つからなくても、一緒に探してもらえただけで満足でした。だからその彼も、一緒に困ってもらえるだけでも違うんじゃないですかね」
寝耳に水な回答だった。
「助けられないのに一緒にいてもいいんでしょうか?」
「何で悪いと思うんですか?」
「んー、助けられないから?」
「では他に彼を助けられる人はいますか?」
私はまた考える。
「そういえば見たことないですね」
「でしょう?誰にも助けられない。だから助けられなくてもいいんです。一緒にいるだけで違うんじゃないですかね。一人じゃないってわかるだけで全然違うものだと思います、人の心なんて」
私は何も答えられなかった。
「次困っていたら、一緒にいてみたらどうですか?可能な限りずっと。もし助けられなかったとしても」
彼は相変わらずしゃべり方が穏やかで、いつも助けることができない私を責めることは一度もなかった。
それからまたしばらく考えて、彼の言うとおり、私はずっと彼の側にいてみることにした。
彼とご飯を食べに行ったり、水族館に行ったり、買い物をしたり……彼が困っているときも、忙しいときも、苦しんでいるときも、楽しいときも、笑っているときもずっと一緒にいるように心がけた。
彼は真面目そうな見た目からは想像できないほどのドジっこで、いつも私を笑わせてくれた。彼は笑っている私を見てさらに笑った。
それから一年、いつのまにか三年も過ぎて、五年、十年……
彼はやはり私より先に死んだ。八十四歳の病死だった。
(了)
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